「ファー・アウェイ・アイズ」はまだ聴こえているか?

〈狂人の論理〉なんて、クソ食らえ~新野剛志『ヘブン』を読んで

関東連合をモデルにしたことで話題を呼んだ新野剛志『キングダム』(幻冬舎)から3年。続編『ヘブン』(幻冬舎)が発売された。

 

ヘブン

ヘブン

 

 

暴走族のOBたちが結集した半グレのグループ「武蔵野連合」。通称ムサシ。いわゆる暴対法などの影響で、暴力団が失速する中、入れ替わるように2000年代東京の裏社会に台頭したのが彼らだった。

しかし、彼らは多摩川の河川敷で暴走族と乱闘事件を起こしてしまい、結果的に組織としてはほぼ壊滅してしまう。武蔵野連合のナンバー2で、カリスマ的存在である真嶋は国外に逃亡するのだった。

本作は前作から4年後の物語。タイから戻ってきた真嶋が日本の覚せい剤ビジネスをかき回す様が描かれる。暴力団への復讐のため、東京の覚せい剤ビジネスを彼らから奪い取ってしまおうと、真嶋は動く――。

 

『ヘブン』の魅力とは

暴力団と組んで覚せい剤ビジネスに食い込んでいる、武蔵野連合の元リーダー。

芸能事務所の社長。

真嶋への復讐を誓う女。

元警察でヤク中の探偵。

タイのギャング。

そして、狂っていることを自覚して肯定して、狂い続ける真嶋。

本作は、狂った奴らが次々に出てくる。幻覚を見る者もいれば、復讐を誓った男の前に立つだけで股を愛液で濡らす者もいる。彼らは行き当たりばったりにギリギリのところで跳ね回る。そして、破滅に向かっていく――そんな小説だ。

怒涛の展開ということで言えば、間違いなく本年度ナンバー1の傑作である。

 

〈狂人の論理〉なんて、クソ食らえ

ミステリ、特に推理と論理を重んじる本格ミステリというジャンルには、〈狂人の論理〉を重要視した作品がいくつかある。

「狂人のこの突拍子もない行動も、名探偵の推理を通して見ればほらこのとーり、ちゃんと彼らなりに筋道立ったことをしていたのですよ」というやつだ。

名探偵の推理であれば、妄想も狂気も論理的に説明できるというのが彼らの言い分だ。

 

本作『ヘブン』は、そういう陰キャの言い訳のような小説ではない。そんなヤワなものではない。

頭のネジが外れた奴らがいる。そいつらは、ぶっとんだことを何かに急き立てられるようにやり続けている。狂っていない(と思い込んでいる)我々読者には彼らの行動原理なんて理解できない。でも、それでいいのだ。狂気は理解できないものとして受け止め、狂気が発散する強烈な色気に酔う。そして、狂った奴らの無軌道な行動の連鎖によって生まれる物語の行末を見守る。元来、パーティーとはそういうもの。パーリーピーポーとしてパーティーの乱痴気騒ぎを楽しもうぜ――本書はそういう小説だ。妄執を妄執として、狂気を狂気として、楽しんでしまおうという小説なのだ。

 

『ヘブン』とは愚か者どもが演じる『神々の黄昏』である

新野剛志『ヘブン』は美しい小説だ。

狂っている神々の神話である――というのはラストまで読めばわかるはずだ。安易な救済なんてここにはない。なにせ神々の迎える結末なのだから。いわば、ジークフリートブリュンヒルデの物語。愚か者どもの『神々の黄昏』が『ヘブン』である。必読でっせ。

 

野口卓は蔦屋重三郎である~野口卓『大名絵師写楽』を読んで

野口卓『大名絵師写楽』(新潮社)を読んだ。

 

大名絵師写楽

大名絵師写楽

 

 

傑作。江戸時代の空気感や喧騒が鮮やかに描かれた上質な時代小説でもあり、同時にミステリとしても一級品だった。

 

本書のミステリとしての肝は、「謎多き東洲斎写楽は何者か?」ではない。

本書の肝は「板元の主人・蔦屋重三郎は〈東洲斎写楽〉をどのようにプロデュースし、幕を引いたか」である。

 

物語は、「耕書堂」の主人・蔦屋重三郎が一枚の絵に惹かれたところから始まる。重三郎は踊り狂う男を描いた謎の画家に惚れ込み、画家の正体を探る。重三郎は謎の男の正体をつきとめることに成功。画家と組んで大首絵を出そうと奔走する。こうして重三郎による〈東洲斎写楽〉のプロデュースが始まり、「大谷鬼次の奴江戸兵衛」をはじめとする大判絵28枚が世に出るのだった――というのが、あらすじだ。

 

作中で、蔦屋重三郎はトリックを仕掛け続ける。黒雲母摺が華美にすぎるとお上に目をつけられれば、切り抜けようと画策する。写楽の正体を見破られそうになると、策をひねり出す。変わりゆく状況に翻弄され、重三郎はとにかく足掻く。その様がたまらなく面白い。重三郎自身のエゴや焦りもあって、物語の着地点がなかなか見えてこないことが、ミステリ的な興味に奉仕する。だから、ミステリとしても面白いのである。

 

繰り返しになるが、本書は、時代小説作家として知られる野口卓の奇想、ドラマ作りの才覚が炸裂した傑作時代小説であり、傑作ミステリである。

だが、それ以上に私は、本書を編集者として楽しく読んだ。蔦屋重三郎という編集者を主人公とする物語として抜群に面白いし、うなずける部分が多いのだ。編集者のエゴと焦りみたいなものがありありと描かれていて、そこに強く惹かれたのである。

 

ここからは余談。
実は野口卓さんは私の上司だった。私が編集者としての「いろは」を仕込まれた編集プロダクション・木杳舎で、私を拾ってくれたのが野口さんとNさんだった。

『軍鶏侍』(祥伝社文庫)で時代小説家としてデビューした野口さんは小説家に専念するため、退職することになる。

 

軍鶏侍 (祥伝社文庫)

軍鶏侍 (祥伝社文庫)

 

 

最後の日に「君のことはNくんに頼んでおいたから」と言って野口さんは去っていったのを今もキョーレツに覚えている。*1
 
まあ、なんというか。編集者としての野口さんも重三郎のようなタイプだったなと、読んでいて嬉しくなった。胸が熱くなった。編集者にオススメの小説ですぜ。
 

*1:やがて、私はNさんを巻き込んで「ボカマガ」を立ち上げることになる。

【告知】「ジャーロ」2018年秋号に企画・編集を担当した記事が掲載されます

9/21に配信が開始されるミステリ文芸誌「ジャーロ」No.65 2019年AUTUMN号(光文社)に、私が企画・編集を担当する連載「バスルームで小説を書く100の方法」の最新エピソードが掲載されます。

 

ジャーロ No. 65

ジャーロ No. 65

 

 

ミステリ作家がどんな環境で小説を書いているのか。どんな道具を使って物語を作っているのか。――「バスルームで小説を書く100の方法」は、一人の作家を文化的な背景からではなく、使ってきた機材から捉えるドキュメンタリー企画です。
インタビューを通じて、作家が使った機材を明らかにするとともに、小説の書き方を探っていきます。

 

第3回となる今回のゲストは、『図書館の殺人』(創元推理文庫)が出たばかりの青崎有吾さん。平成生まれで、〈平成のクイーン〉の異名もとる青崎さんに、平成最後の夏だからという安直な理由で話を伺いました。

 

図書館の殺人 (創元推理文庫)

図書館の殺人 (創元推理文庫)

 

 

平成生まれだから、パソコンは小学生の頃から使いこなしているんだろうなと思って話を伺ってみたのですが、なんと青崎さんの口から語られたのはノートで小説を書く方法!
当初予想していたものとはまったく違った方向に進んだものの、面白い読み物になったとは思います。お楽しみに!

 

 

なお、今回の「バスルーム」ですが、インタビューを収録したのは某市のラブホテル街にあるレンタルスペースでした……。

7月、命にかかわる危険な暑さの中、男2人でラブホテル街を闊歩する羽目になった私たちの悲喜劇にも思いを馳せつつ読んでいただけますと幸いです。

石田衣良『七つの試練 池袋ウェストゲートパークXIV』雑感

石田衣良さんの『七つの試練 池袋ウェストゲートパークXIV』を読了した。

表題作はサイバーミステリだった。

 

七つの試練 池袋ウエストゲートパークXIV

七つの試練 池袋ウエストゲートパークXIV

 

 

サイバーミステリとは

サイバーミステリというのは、 「サイバー空間を舞台にしたミステリ小説」として定義される。この「サイバー空間」というのは、コンピュータネットワーク上のことである。確かにこのままではまだ漠然としていてわかりづらい。そこで、総務省のHPにある「サイバー空間の在り方に関する国際議論の動向」というページを見てみよう。同ページには、以下のような記述がある。

インターネットは、その上で多様なサービスのサプライチェーンやコミュニティなどが形成され、いわば一つの新たな社会領域(「サイバー空間」)となっている。

この文言からもわかるように、サイバー空間とは携帯電話やパソコンを入り口とする世界中に張り巡らされたインターネット網やソーシャルメディア社会のことである。

つまり、「サイバー空間を舞台にしたミステリ小説」というのは「インターネット網やソーシャルメディア社会を舞台としたミステリ小説」のことである。

ミステリでは社会での犯罪が描かれる。であるならば、サイバーミステリで描かれるのは、インターネット網やソーシャルメディア社会で起こる犯罪になる。具体的にいえば、ハッキングや不正アクセスなどのサイバー攻撃、顧客情報の流出をはじめ、3Dプリンタを使った銃の作成、なりすまし、裏サイトなど、多岐に渡る。つまり、現代の我々がニュースなどでよく目にするようになった犯罪のことなのである。*1

サイバー空間は現代人にとっての日常とほぼイコールである。つまり、サイバーミステリとは、日常で起こりうる犯罪を扱ったミステリ小説のことだともいえる。

 

サイバーミステリ宣言!

サイバーミステリ宣言!

 

 

小説において、リアリティを極める方向でいくと物語の面白さが薄まる……みたいなことを言う向きがある。私はこれには賛同できない。リアリティを極めることと、物語の面白さを極めることは相反するものではないはずだ。そんな当たり前のことを思い出させてくれるのが、サイバーミステリだ。

 

「七つの試練」とは

では、ここで表題作のあらすじを文藝春秋のサイトから引用してみよう。

SNSで課題をクリアして「いいね」を獲得するゲームが若者に流行。次第にエスカレートする課題に「いいね」欲しさに挑み、ある者は大怪我を、ある者は命を落とすという事態に……。怪我した高校生の妹と共に卑劣なゲームの管理人をあぶりだそうとするマコトとタカシが仕掛けた大掛かりなトラップとは。

 
昨年ロシアで起きた「Blue Whale」事件に着想を得て書かれたものだろう。一田和樹さんの『キリストゲーム』のもう1つの可能性とでもいうべき作品だ。

 

キリストゲーム CIT内閣官房サイバーインテリジェンスチーム (講談社ノベルス)

キリストゲーム CIT内閣官房サイバーインテリジェンスチーム (講談社ノベルス)

 

 

ソフトウェアによって完全なる秘匿性を確保したゲームマスターに対して、真島誠とキングが罠を、ソーシャル・エンジニアリングを仕掛けるという展開が面白い(ゼロワンは早々と白旗を揚げている)。2人のアナログ人間SNS時代だからこその事件にどうやって対応するか、という点が読みどころだ。
 
本書には次のような一文がある。

ネットとコンピュータのない時代の優雅な探偵が急にうらやましくなった。踊る人形の絵文字だけで、おれも事件を解決してみたいものだ、そうだろミスター・シャーロック。

サイバーミステリの時代では、不可能犯罪を推理で優雅に解決する名探偵なんてナードでフェイクでしかない。真島誠はどこまでも正しい。
 

「いいね」で心の渇きを癒す人たち。「いいね」さえ得られればなんでもやるという人たち――そんな人たちが糸が切れた凧みたいに漂っているのが今である。「七つの試練」はSNSの時代だからこそ書かれたミステリだ。

サイバーミステリは技術にだけ拠るものではない。技術に対応してしまった人間たちの精神性にも拠るものなのである。

 

さいごに

ストラングラー事件再び!といった趣の「鏡のむこうのストラングラー」、オカルトめいた話に真島が取り込まれていく「幽霊ペントハウス」など、表題作意外も面白いですぜ。

*1:なお、アメリカはサイバー空間を「第5の戦場」だと捉えており、「サイバー攻撃は戦争行為である」とみなしている。詳しくはこちらを参照のこと。

それはちょっと~“小説書いて”ってそれはちょっと

小説を書くことになってしまった。退路を断たれてしまった。とにかく、僕は小説を書くことになってしまった。10年近く前にローカルの純文学系の新人賞をもらったことがあるが、それぐらいしか実績がないのに、書くことになってしまった。“決定だね”ってイヤだよ、という感じである。

 

強い気持ち・強い愛

強い気持ち・強い愛

 

 

窮地に立たされたにもかかわらず、僕はまったくまだ動かないでいる。だから、さらに退路を断つことにした。つまり、書くということを公にしてしまおうと思ったのである。

 

昔書いたパスティーシュ小説について

困ったことに、僕はミステリを書くことになっている。過去にミステリを書いたのは1度だけ。はたしてうまくやれるのだろうか。プロットは通っているのだから*1、あれこれ悩む前に早く書くべきだというのはわかっている。だが、わかってほしい。僕は編集者としては確かに勤勉だが、ライターとしてはそこまで勤勉ではないのだ。

 

以前1度だけ、20年近く前にミステリを書いたことがある。名探偵が活躍するやつだ。
18年前の1月に僕が書いたのは、山口雅也氏の〈キッド・ピストルズ〉シリーズのパスティーシュだった。

 

当時、僕は山口氏の〈キッド・ピストルズ〉シリーズに不満があった。

パンク探偵というわりに、キッドがまったくパンクでない、ということだ。ファッションは確かにパンクスだが、パンクスという設定があまり推理に活かされておらず、普通の探偵小説になっていることが、僕には不満だったのだ*2。キッドのパンク精神、というか彼のスタイルを小説の中で読みたいと、僕は思っていた。

 

 

――そこで、僕はキッドの小説を書くことにした。僕がすぐに思いついたのは、キッドのライヴァル役を登場させる、ということだった。キッドのスタイルを強調するために、対照的なキャラクターを登場させて、2人を作中で衝突させようと思ったのだ。ポール・ウェラーをモデルとした人物が現れ、事件そっちのけでキッドとスタイルについて問答を繰り広げる――すなわち、Style Councilする。そんなパスティーシュを僕は書いたのである。

もちろん、〈キッド〉だから、マザーグースも引用した。引用したのは「The House That Jack Built」だ。お気づきの方もいるだろうが、「ジャックの建てた家」を引用しようと思ったのは、ポール・ウェラーをモデルとしたキャラクターを創案したからである。彼が運営していたレスポンド・レーベルから1983年に出たシングルに、トレイシーの「The House That Jack Built」という曲があるのだ。

 


TRACIE THE HOUSE THAT JACK BUILT

 

 

レスポンド 12インチ・シングル・コレクション

レスポンド 12インチ・シングル・コレクション

 

 

その時に書いた原稿はもう無くしてしまった。キッドが“ポール・ウェラー”に瓶で殴られるエピソードをちゃんと盛り込んだ記憶はある。だが、話の筋は完全に忘れてしまった。

実はこの後で、もう1度、キッドのパスティーシュを書くみたいな話が浮上したことがある。その時はちゃんとした探偵小説を書こうと思って、探偵小説しちゃってる話を考えた。私も改心したのである。結局、その企画自体が消滅したのだが。ちなみに引用したマザーグースは「ルーシー・ロケットがまぐちなくした」である。

それはさておき。今回はその時に作成したプロットを晒しておく。私がいかに期待できないかということを知ってもらうためだ。

 

「赤い紐は我が影法師」

「Lucy Locket lost her pocket」
Lucy Locket lost her pocket,
Kitty Fisher found it.
Not a penny was there in it,
Only ribbon round it.

 

[訳]

「ルーシー・ロケットがまぐちなくした」

ルーシー・ロケット がま口なくして
ティー・フィッシャー 見つけてあげた
がま口の中身はすっからかん
周りに紐が結んであるだけ

 

ある日、ロンドン警視庁の一番陽当りが悪い一室に事件が持ち込まれる。

あるハイスクールで最近、妙な盗難事件が頻出しているらしい。

たとえば、相談をNUTSに持ちかけてきたルーシー・ロケットの場合。彼女は財布を盗まれたのだという。財布自体は見つかったが、中身は入っていなかったそうだ。

ルーシーの財布を見つけたキティー・フィッシャーの場合。彼女は最近ペンケースを盗まれたのだという。ペンケースは見つかったが、中身の文房具は戻ってこなかったそうだ。

靴袋を盗まれた少年は靴だけ戻ってこなかったというし、ギターケースを盗まれた少女はギターだけが戻ってこなかったという。

それだけなら、特にNUTS向きな事件というわけでもないのだが、彼らにはある共通点があった。――財布もペンケースも靴袋もギターケースも、見つかったときに、赤い紐が周りに結んであったのだ。そう、NUTS向きな事件だったのである。

学校側は学内で独自調査をすると発表したが、以前から生徒たちの間に赤い紐にまつわる怪談がまことしやかに囁かれていたこともあり、不安になったルーシー・ロケットとキティー・フィッシャーは今回こっそり警察に相談に来たのだという。

部屋の片隅で、スマホでひとり自撮りを繰り返していたピンク・ベラドンナが、自撮りに飽きたのか、立ち上がって呟く。「ルーシー・ロケットの歌みたいだね。がま口の中身はすっからかん。周りに紐が結んであるだけ」

 

ハイスクールは監視カメラが校門にあるぐらいで、あとは自由な校風、放任主義を標榜しているのだという。パンクスの2人が生徒として潜入してもばれないだろうということになり、キッドとピンク・ベラドンナはハイスクールに直行する。

潜入2日目にして、盗難事件が起きる。サッカー部所属のジェフ・マカリスターのプロテイン缶が盗まれたのだ。缶は校舎裏で見つかったが、やはり赤い紐が結ばれている。一体、これは何なのか。ジェフのロッカーが急いで検分されるが、缶とスマホしかなく、他に手がかりはない。

すると、ピンク・ベラドンナが現場の様子をツイッターに投稿しようとする。キッドはそれをとがめる。

現場に居合わせた生徒の一人がピンクの使っているスマホに興味を持つ。iPhoneAndroid端末ではなく、物理型のQWERTYキーが付属されているBlackBerryという、マニアックなスマホを使っているからだ。「ピンクさんはiPhoneなんか持たないんですからね」。キッドは聞く。「お前、その爪でBlackBerryの小さいボタンをよく押せるな。あ、だからメッセンジャーは誤字だらけなのか」。ピンクは怒ってどこかへ去る。

 

やがて、騒ぎを聞きつけて教師がやってくる。教師は騒がないよう生徒たちに注意し、ついでにルーシー・ロケットやキティー・フィッシャーのここ数日の校外での買い食いやバスの中での奇行(どうやら彼女らはyoutuberらしく、おかしな行動をしては動画をアップしているらしい)を咎めるのだった。ルーシーは言う。「最近、校外での馬鹿騒ぎがすぐバレちゃうんだよなあ。住みづらくなったね、この街も」すると、靴袋の少年とギターケースの少女が顔を見合わせて、こう言うのだった。「そういえば、僕たちも最近、筒抜けなんだよね。廊下でスケボーで走ったのもバレちまったし、消化器を倒してしまって煙を吹き出させたのもバレちゃったんだ」

 

3日目。今度はピンク・ベラドンナのレコード袋が盗まれる。袋はすぐに発見されるが、中身のレコード*3はやはりない。そして、当然のように、袋には赤い紐が結んであるのだった……。ピンクはあらん限りの罵詈雑言、特に赤い紐についての罵詈雑言をツイッターに画像付きで投稿する。

 

がっかりしたピンクだが、気を取り直したのか、むしゃくしゃしているのか、放課後にチアリーディング姿で教室に現れる。教室でルーシーやキティーと一緒に事情聴取をしていたキッドは噴き出す。「一体、どうしちまったんだ」。ピンクは答える。「いやぁ、チアリーディング部の子たちと仲良くなってさあ。借りたのさ。それで、思いついちゃったんだよねえ。あのPVのマネができるなって。で、それをyoutubeに上げるってわけ。動画がバズったら、ピンクさんは警察なんてやめますからね」

そして、ピンクたちはテイラー・スゥイフト「Shake It Off」のパロディ動画を撮って、youtubeに投稿し、さらにツイッターにも動画URLを貼るのだった。

キッドは言う。「お前も、今まで盗みにあった奴らみたいに、赤い紐の呪いで教師の千里眼ですべてバレちゃうぜ。そして、明日叱られちまうんだ」

 


Taylor Swift - Shake It Off

 

翌日、ピンクは二日酔いでまだ寝ているのか、署に出勤していない。キッドは一人、ハイスクールに向かうのだった。ピンクがあれだけの大騒ぎをしたのだから、教師に小言のひとつでも言われるだろうと思っていたキッドだが、教師は何も言わない。チアリーディング部のコたちも教師に叱られていないのだという。千里眼問題と赤い紐問題はやはり関係ないのか……。

 

昼になってもピンクはハイスクールに姿を現さないので、キッドはピンクのツイッターを見る。ツイート内容を見るにどうやら地下鉄を乗り間違えているようだ。どこにいるんだろうと思い、位置情報を見る。ローマと表示される。不思議に思ったキッドはチェシャのツイッターを見る。前日の動画URLを投稿したツイートは位置情報がナポリ、レコードが盗まれたというツイートは位置情報がフィレンツェになっている。

キッドはチェシャに聞く。すると、ピンクは答えるのだった。「いやあ、BlackBerryってGPS機能が変でさあ。ロンドンでツイートしているのに、位置情報がイタリアになっちゃうんだよ。私のフォロワーに日本人の人もいるんだけど、その人もBlackBerryユーザーでね、位置情報がなぜか日本ではなくスカンジナビア半島になっちゃうんだって」

キッドはそこで真相に気づく。

 

犯人は学校の教師たち。

自由な校風を謳ってはいたが、教師たちは生徒たちをしっかり管理したかった。そこで、彼らは一計を案じた。生徒たちのツイッターを監視してしまえばいいと。

今の子は何でもツイートしてしまう。むしゃくしゃしたこと。バカなことをやったこと。今食べているもの。だから、ツイッターを監視すればいいと考えたのだ。

でも、生徒たちはツイッターを本名ではなく、偽名でやっている。アニメの画像や芸能人の写真をアイコンにして。そのままでは生徒たちのツイッター・アカウントを特定して監視できない。そこで、教師たちは生徒のツイッターアカウントを特定するためにある策を練った。たとえば、最近、髪を染めるなど乱れ始めているルーシー・ロケットのアカウントを特定したかったら、まず彼女の財布を盗む。中身を抜き出して、財布だけ戻す。赤い紐をつけて。ルーシーはやがてツイッターに呟く。「私の財布が戻ってきた。でも、中身はない。忌々しい赤い紐め!」

教師たちは「財布 赤い紐」と検索窓に入れて検索すればそれでいい。ルーシーがいくら偽名でツイッターをやっていようと、特定できるのだ。

ジェフのロッカーにプロテイン缶とスマホがあって、スマホではなくプロテイン缶を盗んだのは、スマホを盗んで(スマホケースだけ戻して)しまうと、ジェフがツイートできなくなるから。プロテイン缶を盗むしかなかったのだ。

では、なぜピンクのアカウントは特定されなかったのか。いや、正確にいえば、アカウントは特定されたのだが、ピンクだと思われなかったのだ。理由は、位置情報にイタリアとあったから。「イタリアの人だから、これはピンクではない」と考えたのである(しかも、ピンクはテイラーのパロディをするにあたって、メイクをテイラー風に変えていたのだから、動画を見ても気づかないわけである)。

キッドは校長室に向かおうとする。そこにピンクが現れる。頭にリボンをつけて、薄いブルーのワンピースを着ているピンクが。

「昨日の動画がバズっちゃってさあ。どうやら、私にとっては赤い紐はバズるおまじないみたい。だから、今日は……」

「やれやれ。今日はメーガン・トレイナー“All About Bass”でも撮るつもりか?」 

 

...And they lived happily ever after ?

 


Meghan Trainor - All About That Bass

 

さいごに

とにかく、僕は90年代の渋谷系についての小説を書くことになってしまったのだった。

 

 

*1:現役のミステリ作家2名ほどに見せて、合格点はもらった

*2:今なら山口氏の狙いはわかる。彼は権威を笑い飛ばす存在として〈パンク探偵〉という設定が必要だったのだろう。パンク探偵が活躍する探偵小説なのだから、パンクの精神性を描く必要はなかったのだ。もっと言うと、山口氏は実はそんなに洋楽に詳しくないので、これも当然といえば当然のことだろう

*3:ビートルズの「ツイスト&シャウト」EP盤。以前、ピンク・ベラドンナ、もといチェシャが屋根裏部屋で見つけたジェイスン・バーリイコーンの宝物からくすねてきたもの。光文社文庫版『生ける屍の死 下巻』180ページを参照