「ファー・アウェイ・アイズ」はまだ聴こえているか?

【告知】小島正樹さんの『浜中刑事の迷走と幸運』の解説を担当しました

2月7日に発売される小島正樹さんの『浜中刑事の迷走と幸運』(南雲堂、本体1,800円)の解説を書かせていただきました。

 

浜中刑事の迷走と幸運 (本格ミステリー・ワールド・スペシャル)

浜中刑事の迷走と幸運 (本格ミステリー・ワールド・スペシャル)

 

 

魅力的な謎とスケールの大きなトリックに冴えを見せる小島正樹さん。そんな小島さんの新刊は『浜中刑事の妄想と檄運』に続いて、浜中刑事を主人公とする倒叙もの。

一応、解説しておくと、倒叙ものというのは、初めに犯人視点で犯行の描写がなされ、読者は犯人と犯行過程を把握した上で読み進めるミステリのこと。「刑事コロンボ」シリーズやドラマ「古畑任三郎」シリーズ、「福家警部補」シリーズなどが倒叙に該当するので、ミステリにあまり慣れ親しんでいない方もなんとなく「ああ、あの感じね」となるのではないでしょうか。

 

あらすじはこんな感じ。

鉄柵で囲まれたフリースクールで教師が殺害された。鉄格子の嵌まった狭い居室で学園を賛美する生徒たちに犯行は不可能。凶器は学園のはるか外にある街路樹の上方にささっていた。
群馬県警捜査一課の浜中と夏木は、事件のウラに学園の闇があると考えて捜査を開始する。

 

ミステリ・ファンはもちろんのこと、そうでない方も充分楽しめるエンタメ小説だと思います。お薦めします。

 

なお、南雲堂さんのHPにも詳細が掲載されており、冒頭を立ち読みもできるようです。下記のURLからご確認くださいませ。

http://www.nanun-do.co.jp/mystery/bookworldspecial11.html

現代の、そして音楽以外にも通用する「作りかた」とは。そして、渋谷系に関する誤解について~『「ヒットソング」の作りかた』を読んで

牧村憲一さんの『「ヒットソング」の作りかた』を読了した。以下、簡単な感想を。

 

 

本書は、加藤和彦シュガーベイブ竹内まりやフリッパーズ・ギターの制作・宣伝を手がけてきた牧村憲一氏による回顧録である。

回顧録とはいえど、牧村が行ってきた「作りかた」は現代に通用するであろうものであり、陳腐な物言いにはなるが、目から鱗が落ちることしきりだ。

 

プロデューサーの仕事とは、「創る」「伝える」「つなぐ」「続ける」という四つの「つ」をする、そして、そのすべてに責任を持つことだと僕は思っています。(中略)「アーティストに問いかけること」もプロデューサーの役割だと思います。(113~114ページ)

 

雑誌がカルチャーを先導する時代は、二〇世紀で終わりました。日々、ネットの存在感が増していますが、まだコアなメディアとまでは言えません。しかし、最も伝えたいのはどういう人か、そのためにはどういう媒体にどうやって伝えてもらうのか(略)その時代に合った選択をしていくということに変わりはありません。(119ページ)

 

こういった言葉は、ポップ・ミュージックに限らず、あらゆるポップ・カルチャーに通じるところだろう。また、牧村は「自分の部屋だけでもの作りが完結する」ことの限界も指摘しているが、これもまた宅録に限らず、たとえば本作りに関しても通じるところはあるだろう。

マスに位置するいくつかのものが行き詰まっていく理由や、「ライフスタイルが多様化し、購買者・リスナーの在り方が劇的に変わってしまった今の時代」においては「三万から四、五万枚ぐらいまで」がヒットの目安となるという指摘も非常に頷けるものがある。ポップ・ミュージックの愛好家だけでなく、編集者にも読んでもらいたい一冊だ。

とはいえど、いくつか残念なポイントはある。

牧村氏にはそのつもりはないとは思うが、紙数の関係で、マスとマスでないものという切り分け方になっているように読めてしまい、もやっとした。ヒット曲を出す前の、つまりマスにたどり着く前のポップスターたちの姿をマス予備軍としてしか描けていないことには、少し寂しさを覚えた。

また、本書の内容とは直接は関係ないが、帯の文句「あの『名盤』誕生の真相を明かす。」にももやっとさせられた。読者にではなく、牧村氏に不誠実であるように感じられた。

なぜなら、牧村は「名盤」誕生の真相を語っているわけではないからだ。「名盤」が生まれる瞬間に立ち会った者として、証言を残しているにすぎないからだ。なんにでも真相があると思うとする、謎は解かれるべきという態度には窮屈さすら感じる。繰り返しになるが、牧村氏に不誠実な帯だと思う。

 

TRATTORIAレーベルは「渋谷系」の総本山ではない

ところで、本書には渋谷系に関して面白い指摘がある。

TRATTORIAレーベルを「渋谷系」音楽の総本山という向きもありますが、正確に言えばそれは間違っています。僕よりずっと若いプロデューサーが起こしたクルーエル・レコーズやエスカレーター・レコーズなどのインディーズレーベルこそがむしろ「渋谷系」の中心であったと思います。(183ページ)

 

このことについては、牧村氏はツイッターで補言するような言及を行っている。

「『渋谷系』とフリッパーズは直接は関係ありませんし、ましてやWITS、WITZのL⇔Rスパイラルライフは『渋谷系』にはまったく関係ありません。むしろ避けていたくらいです。」*1

 

「『渋谷系』という言葉が聞こえてきたのは1993年以降です。その後NHKで『渋谷系特集』があったので間違いありません。当時『渋谷系』なに?という感じで、どちらかというと後追いの方々や、記事等が寧ろ盛んに使用していたと思います。そのコピペがみなさんを惑わしたのだと思います。」

 


「直接は」というところがポイントである。

とはいえど、ここは説明が必要だろう。私なりに補足してみる。

 

まず、前提。

そもそもフリッパーズ・ギターの活動時期が1989~91年であり、「渋谷系」という言葉が世で使われメディアでも取り上げられたのが93年頃からであるため、フリッパーズ・ギター渋谷系のバンドというのは無理がある。

渋谷系」という言葉がメディアで取り上げられ始めた頃、確かにフリッパーズ・ギター渋谷系の文脈で語られることはあった。小沢くんと小山田くんが昔2人でやっていたバンドということでの語られ方。彼らの音楽、そして引用のセンスは「渋谷系」的だよねという回顧した上での語られ方だ。*2

ゆえに、リアルタイムでフリッパーズ・ギターを聴いていたような人は、「ああ、彼らって渋谷系に括られちゃうんだ」という感じで認識していたはずである。かく言う私も、小学生時代に彼らをリアルタイムで聴いていたわけだが、凡そ以上のような認識だった。*3

 

話を戻すが、回顧した上でフリッパーズ渋谷系の文脈で語るというのは、確かにあった。だが、「外野」にいる人たちの中にはその視点を説明せずに並列で語っているものもあった。実際に、地元のTSUTAYAで「渋谷系が流行っている」的なコーナーに彼らのアルバムが並べんでいるのを見たことがある。*4

それはともかくとして。1993年当時こそ2年前のことはきちんと2年前のこと、前史であるとみなされていたわけだが、20年ほどたった時点から「渋谷系」を観測した人にとっては、93年と91年は大差なく見えてしまうというのが、フリッパーズ渋谷系の問題をややこしくするポイントではないかと私は思う。

当時は外野にいた人たち(特にオタク側の人たち)がライターとして90年代サブカルを語るような状況が10年ほど続いていることも原因としてはあるとは思うが……。

*1:スパイラル・ライフに関しては、たとえば96年に出た『渋谷系元ネタディスクガイド』(太田出版)で触れられてはいたが、ここで触れることに驚く方もいるはずという断りもあったくらい。それまで渋谷系の文脈で語られてきたことはなかった。

*2:余談だが。ある意味で「渋谷系」のアティテュードを最も具現化したようなポップでキャッチーでパンクな存在、それが彼らだったわけだが、「渋谷系」という言葉が世に出た頃にはフリッパーズ・ギターは解散して2年がたっていた――という捻れは実に面白い。

*3:「もう教養になっちゃったんだ」と思った。

*4:なお、件の地元のTSUTAYAの「渋谷系が流行っている」棚には、小沢くん、ピチカートと一緒にMr.ChildrenL⇔Rスピッツも並んでいた。あれほどひどい棚は記憶にない。

【告知】「本格ミステリーワールド2017」に寄稿しました

本日発売された『本格ミステリーワールド』(南雲堂、本体1,500円)に寄稿しました。

 

本格ミステリー・ワールド

本格ミステリー・ワールド

 

 

今年は評論原稿を1本寄稿し、鼎談に1件参加しています。

 

評論原稿について

評論原稿は「To Infinity And Beyond ~ディズニーから学ぶミステリーの可能性」というタイトルで、今年ウォルト・ディズニー・カンパニー/東京ディズニー・リゾートが公開した映画、動画、そして彼らか提供してきたサービスを振り返り、本格ミステリー、中でもサイバーミステリーがそれらから学べるところがあるのではないかという内容です。

一田和樹さんの『サイバー原発トラップ』、柳井政和さんの『裏切りのプログラム』、そしてゲームアプリ「Lifeline:クライシス・ライン」(3 Minute Games)について振れています。

 

原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー

原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー

 

 

裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬

裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬

 

 

Lifeline:クライシス・ライン

Lifeline:クライシス・ライン

  • 3 Minute Games, LLC
  • ゲーム
  • ¥240

 

なお、次の動画は私の論考でポイントとなる動画なのですが、ひょっとすると本が出る頃には削除されている可能性があります(ディズニー・シーでのハロウィン・イベントが終了しているため)。もし可能であれば、今のうち観ておいていただければ幸いです。できれば、スマホで。

 


ディズニーヴィランズ/Disney villains2016 スペシャル動画 東京ディズニーシー

 

ところで、「なぜいきなりディズニー?」という意見はあるかと思われます。
これについて説明いたします。

 

私は本格ミステリーを本格ジャンルの枠内のみで考えるのではなく、ポップカルチャーとして考えることを心がけております。これは、『本格ミステリーワールド2012』で私がはじめてミステリーについての原稿を書いて以来、一環して行ってきたことでもあります。

もっと言いますと、新本格に意識的に触れるようになった1990年から、ミステリーとしてよりも同時代のポップカルチャーとして新本格に慣れ親しんできた、というのが実情です。
これは、ポピュラー音楽であろうと、ファッションであろうと、ゲームであろうと、漫画であろうと、アニメであろうと、そう。そのジャンルがポップカルチャーとしてどういう立ち位置にあるのか、を常に意識して楽しんできました。

 

90年代渋谷系はDJ的な感覚が根付いていたという話があります*1。そして、渋谷系直撃世代の私にとっては〈ジャンルを横断して俯瞰する感覚〉〈サンプリングして1つの流れを構築する感覚〉というのはごくごく当たり前のこと。ゆえに、繰り返しになりますが、新本格も、本格ミステリーもポップカルチャーとしてどういう立ち位置にあるかを見極めながら、私は触れてきたわけです。

 

……という前提がある以上、本格ミステリーと他のポップカルチャーとの連関を読み取ろうというのは当然のことでして、今回はディズニーを選びました。
ディズニーを比較する対象として選んだのは、端的にいえば、ディズニーがエンターテインメントの保守本流にあり、そしてもっともグローバル化に成功したエンターテイメントだからです。ドメスティックなものではないからです。

「To Infinity And Beyond ~ディズニーから学ぶミステリーの可能性」は、そうした背景で書かれたものです。*2

 

余談ですが、サイバーミステリの最前線、あるいはインターネット史やサイバーセキュリティ史との対応についてご興味のある方は、下記のエントリもご参照ください。

 

ue-kaname.hateblo.jp

 

鼎談企画について

鼎談は「<黄金の本格>を通して見る、本格ミステリー十年史」というテーマで、参加者は小森健太朗さん、深水黎一郎さん、そして私です。

今年で10年目を迎える『本格ミステリーワールド』。同誌が選定する〈黄金の本格〉全八九作のラインナップを踏まえて、ここ10年間の本格ミステリーを振り返ろうという内容です。

2007年度~2013年度まで〈黄金の本格〉選考委員を勤めた小森さん、来年で作家生活10周年を迎える深水さんとともに、以下の4つのテーマについて語りました。


しかし、今回〈黄金の本格〉のラインナップを見直していて面白いなと思ったのは、投票形式で決まる『本格ミステリ・ベスト10』の上位10作品とそこまで被っていなかったこと。

たとえば、〈黄金の本格〉に選ばれた作品のうち、『本格ミステリ・ベスト10』のトップ10にもランクインした作品の数は以下のようになります。パーセンテージは、その年の〈黄金の本格〉の中で、『本格ミステリ・ベスト10』の上位10作にランクインした作品の割合です。

 

2007年度 4作品(黄金の本格は13作品) 31%
2008年度 6作品(黄金の本格は9作品) 67%
2009年度 4作品(黄金の本格は10作品) 40%
2010年度 2作品(黄金の本格は8作品) 25%
2011年度 3作品(黄金の本格は8作品) 38%
2012年度 3作品(黄金の本格は8作品) 38%
2013年度 3作品(黄金の本格は6作品) 50%
2014年度 3作品(黄金の本格は8作品) 38%
2015年度 2作品(黄金の本格は10作品) 20%
2016年度 7作品(黄金の本格は10作品) 70%

 

毎年年末に本格ミステリについてのムック本が2冊出るとして、選出方法に違いはあるものの優れた作品をはっきり呈示しようという企画が両方にあったとして、両方の結果が大差ないものであることほど面白くないことはないと思うわけですよ。カラーの違いがあるからこそ面白い。

たとえば、「ロッキング・オン」のアルバム・オブ・ザ・イヤーと、「ミュージックマガジン」の「ベストアルバム◯◯◯◯」の〈ロック(アメリカ・カナダ)部門〉〈ロック(イギリス)部門〉は、顔ぶれが異なっていた方が面白いという話。イベント的な意味で盛り上がるわけです。一方で、両方に顔を出しているものでも、高く評価されているポイントが異なっていたりして、そこも面白いわけですね。

まあ、身も蓋もない話をすると、違いがある方が健全という話もありますが。

それはさておき、〈黄金の本格ミステリー〉と「本格ミステリベスト10」の上位10作品がそこまで被っていないということにはほっとしましたし、こうでなくちゃと思ったものです。

 

さいごに

話が長くなりました。

とにかく、『本格ミステリーワールド2015』(南雲堂)は12月17日発売です。目次や詳細はこちらをご覧くださいませ。よろしくお願いいたします。

 

 

*1:私の見立てでは、DJ的な感覚というのは、渋谷系に限った話ではなく、サブカル層に根付いた感覚だと思います。

*2:なお、ご存知だとは思いますが、「To Infinity And Beyond」というのは映画『トイ・ストーリー』におけるバズ・ライトイヤーの台詞です。日本語訳は「無限の彼方へ さあ行くぞ!」

「渋谷系を聴いていましたよ」という発言にある〈もやもや〉

今年はサブカル/オタクについて、今までよりも真剣に危機感を持って考えてきた。
そんな中で、同業者でオタク寄り、そして私と同世代の方の発言で、2つほどもやもやしたものがあった。ただ、もやもやしたものの、同時に私がサブカル/オタクを考える上でのヒントにもなったものなので、ここで取り上げたい。

 

1つ目のもやもや

1つ目は「僕も渋谷系を聴いていましたよ」という発言。

私には最初まるで意味がわからなかった。正確にいえば、その発言には違和感があったのだ。

おそらく彼は「(ヒットチャートにも顔を出していた)小沢健二ピチカート・ファイヴを聴いていましたよ」ぐらいの意味で発言したのだろう。同時に、おそらく彼の中では「渋谷系」というのは、「いわゆる渋谷系として当時雑誌とかで括られたアーティストの音楽」を指すのだろう。

ただ、90年代当時サブカル少年だった私としては、「渋谷系」というのは特定のアーティスト群を指す言葉としては認識していない。そもそも、その言葉にはいまだに居心地の悪さすらある。若杉実さんの『渋谷系』(シンコー・ミュージック・エンターテイメント)にある山崎二郎さんの証言として、渋谷系は「あくまで外野のことば」ともあるが、私の実感としてもそれに近い。

 

渋谷系

渋谷系

 

 

ただ、あえて「渋谷系」という言葉を受け入れるならば、「渋谷系」というのは特定のアーティストを指すのではなく、アティチュード(サンプリング感覚とでもいうべきもの。そして、それは送り手と受け手双方に共有されていた)やDJ感覚、おしゃれであることへの意識(強迫観念めいてもいた)を指すのだと思っている。

 

ゆえに、私は「僕も渋谷系を聴いていましたよ」という言葉にはひっかかったのである。

絶対に君は私とは同じ目線でモノを見ていないでしょ、と。シスコ坂の吉野家で空腹を満たしつつ、レコード屋をはしごして都内を歩いたことないでしょ、と。TSUTAYAですませていたでしょ、と。そう思ったのである。

 

ただ、これは彼の文化的出自がオタクであることを考えると、納得はいくところでもある。

世代的なことも加味すれば、「セカイ系」という言葉と似た感覚で捉えているんじゃないのかなと(音楽からの発想だったとしても「ビーイング系」)。つまり、同じような要素を持った作品群のことを指すと思っていたのではないのかなと思うのだ。

 

2つ目のもやもや

さて、私にもやもやを喚起した2つ目の発言というのは、新本格をミステリとしてのみ考えるのではなく、当時の若者向けエンターテイメントとして捉えるべきではないか」というもの。
同発言には、先ほどの「渋谷系」を巡るもやもやと、実は根っこの部分で共通するもやもやがある。

端的に何にもやもやしたかを書いてしまう。

新本格を当時の若者向けのエンターテイメントとして、たとえば当時のマンガとか、それこそ渋谷系とかと同じ土壌で考えるというのは、私にとってはごくごく当たり前のことであり(というか、昔からそういう読み方しかしていない)、今さら提唱すべきものなのかともやっとしたのだ。

ただ、彼がなぜそういう捉え方を新鮮だと感じたのかと考えてみると、次のような気付きが得られる。

彼は、ジャンルは作品群によって規定されると思っていたから、ジャンルを横断するような捉え方が新鮮に思えたのかもしれない。一方で、ジャンルはアティチュードによって規定されると思っている者にとっては、アティチュードなんて曖昧なものだから、ジャンルを横断するなんて考え方はごくごく当たり前のこと。もっといえば、サブカルなんて、その精神的な成り立ち上、メジャーを、時代を意識せざるをえないわけだから、どうあっても〈同時代〉を意識しているわけで。ここの違いなのかもしれない。

ただ、だからサブカルが優れているとは絶対に思わない。そういう考えはない。作品そのものへの、またある作品群そのもののみで完結するような垂直方向の掘り下げが、サブカルは弱いのではないかと思うのだ。そして、これこそがオタクの強みだとも思う。

 

さいごに

前述の「渋谷系を聴いていましたよ」発言と併せて考えると、こうなるのかもしれない。
あるカテゴライズは作品群同士の差異によってなされると考えるのがオタクであり、アティチュード同士の差異によってなされると考えるのがサブカルなのだ、と。

 

ミステリ・ファンもマニアックな視点から楽しめる映画『ラブ&マーシー』について

『2017 本格ミステリ・ベスト10』で、私は海外部門への投票において、第3位に映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』の名を記した。

 

 

『ラブ&マーシー』は実在するミュージシャン、ブライアン・ウィルソンと、彼の妻であるメリンダを主人公としたブライアンの伝記的な映画である。

では、なぜ私は同作をミステリ、しかも本格ミステリの作品として推したのか。本エントリではそこのところを少し突っ込んで書いてみたい。 

 

さて、劇場で公開された2015年、そしてソフト化された2016年も、ミステリ・ファンからは同作品はミステリ映画としては評価されていないようだが、ニューヨークのカルチャー・マガジン・サイト「Vulture.com」に掲載された評論では、同作には「A Sense Of Mystery」があるとはっきりと書かれている。

www.vulture.com

そういう論調があるから「これはミステリだ」とは言わない。

同作はミステリ形式を明らかに採用した映画だからこそ、私はミステリとして評価するのだ。

 

あらすじ

 


「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」本予告

 

あらすじはこうだ。

1962年にデビューしたビーチ・ボーイズ。「サーフィンUSA」や「ファン・ファン・ファン」などヒット曲を次々に発表する一方で、メンバーの一人であり中心的人物でもあったブライアン・ウィルソンは、ハードなツアー活動が心身への負担となり、フライト中にパニックの発作に襲われる。1964年末、ブライアンはスタジオでの音楽作りに専念したいとメンバーに主張し、ツアーから離脱し、スタジオに籠もるようになる。

 

舞台は変わって、1987年。車の販売店にある男が現れる。セールスを担当する女性、メリンダ・レッドベターが接客を始めるが、その男はどこか不安げで落ち着きがない。やがて男は自分はブライアン・ウィルソンであると明かす。弟のデニス・ウィルソンの死からいまだ立ち直れないことを唐突に打ち明けるブライアン。そこへ精神科医のユージン・ランディ が現れ、有無を言わさずブライアンを連れ去って行く。去り際に、ブライアンはメリンダにメモを渡す。そこには「寂しい 怖い 脅えてる」と書かれていた……。

 

どうだろう。実にミステリ的な出だしではないだろうか。

ミステリ映画としての『ラブ&マーシー

最終的に物語は1987年でハッピーエンドを迎える。メリンダの真実の愛によって、ブライアンは救い出されるのだ。

しかし、これは単なる伝記映画でも、単純な恋愛映画でもない。

 

1967年のブライアンと1987年のブライアン。

2つの時間軸でのブライアンの苦悩が交互に描かれることで、

以上の謎が次第に明らかになっていくからだ。

2つの時間軸でブライアンを支配するものが明らかになるくだりにも、A sense of Mysteryはある。隠さえれていた繋がりが、共通点が浮かび上がるからだ。

 

以上のことから、『ラブ&マーシー』が単なるラブストーリーにとどまらない、ミステリ的要素を併せ持った物語に仕上がっていることがわかっていただけたとは思う。

 

とはいえど、ポップス愛好家であれば、謎の答えを知っているはずだ。

だが、たとえ知っていたとしても、1967年と1987年をこうして接続してしまうとは思いもよらなかったはずである。構成の見事さに舌を巻くはずだ。

 

 以下にネタバレも込みで、1967年と1987年のブライアンに何があったかをある程度書いてしまう。検索窓に「ブライアン・ウィルソン」と打ち込めばすぐに出てくるような話ではあるし、ミステリとしての本作の肝には触れてはいないと判断し、記しておこう。

 

1966年にブライアンは『ペット・サウンズ』という傑作アルバムをものにする。ビーチ・ボーイズのメンバーとではなく、スタジオ・ミュージシャンたちとスタジオに籠もって作られた同作は今日でこそポップス史に燦然と輝くポップス・アルバムとして評価されているが、当時はメンバーからは酷評され、レコード会社やファンにも歓迎されることなく終わってしまう。

 

ペット・サウンズ・セッションズ

ペット・サウンズ・セッションズ

 

 

当時25歳のブライアンはさらなる高みを目指して次回作『スマイル』の制作に取り掛かるが、ドラッグとプレッシャーによって精神が蝕まれ、心身ともにボロボロになってしまう。そして、ついには『スマイル』の制作そのものが中断されてしまうのだった。

さて、ブライアン・ウィルソンがソロでレコーディングした『That Lucly Old Sun』というアルバムがある。2008年のアルバムだ。

 

ラッキー・オールド・サン

ラッキー・オールド・サン

 

 
この中に「Going Home」という曲がある。そもそもこのアルバム、ブライアンの伝記めいた歌詞があちこちに散見されるのだが、この曲には次のような一節があるのだ。

At 25 I turned out the light
Cause I couldn't handle the glare in my tired eyes

 (訳)

25歳のとき、ぼくは明かりを消した
ぼくの目は疲れていて、まぶしさに耐えられなかったからだ

 

『スマイル』が頓挫して以降、ブライアンは以来20年もの長きに渡って明かりを消し、“目を閉じ”ている。

1987年のブライアンは、そうやって“目を閉じていた”ブライアンなのである。メリンダはやがて、ブライアンの治療を担当する精神科医のユージンが彼を洗脳し、文字通り支配していることを知る。メリンダはブライアンを救おうと奔走する。メリンダやビーチ・ボーイズのメンバーの尽力もあって、ついにブライアンは“目を開き”、復活を遂げる。「ラブ&マーシー」とは、ブライアンが1988年に発表したソロ・アルバム『ブライアン・ウィルソン』に収められた樹玉のバラードのタイトルだ。*1

 

 


本編の最後で流れるのは「Wouldn't It Be Nice」。もちろん『ペット・サウンズ』の1曲目である。1967年の苦悩の幕開けとなった『ペット・サウンズ』の冒頭を飾る曲が、1987年のブライアンに訪れたハッピーエンドを祝福するのである。この構成が実に心憎い。しかも、「Wouldn't It Be Nice」では、ふたりで新しい朝を迎えることが肯定的に描かれているのだから。

 

ペット・サウンズ<50周年記念デラックス・エディション>

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Wouldn't it be nice if we could wake up
In the morning when the day is new?
And after having spent the day together
Hold each other close the whole night through

 

さいごに

ビーチ・ボーイズブライアン・ウィルソンのファンであれば、以前写真などで目にしていた“あのシーン”が映像化されるということでマニアックな視点から楽しめるはずだ。だが、この映画をマニアックな視点で楽しめるのは彼らだけではない。ミステリ・ファン、特に普段から構成の妙や伏線回収の妙をマニアックな視点で楽しんでいる本格ミステリのファンならば、絶対にこの映画は観ておいて損は無いはずである。

*1:そして、ブライアンは2004年に『スマイル』を完成させ、Smileを取り戻すのである。