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観測者は孤独の観測者たりえたか――芦辺拓『異次元の館の殺人』を読んで

※以下の文章では芦辺 拓『異次元の館の殺人』の内容に触れています。

 

 

異次元の館の殺人

異次元の館の殺人

 

 

 芦辺 拓さんの新刊『異次元の館の殺人』(光文社)を読み終えた。

 

 今作ではレギュラー探偵の森江春策ではなく、ライヴァル的存在としてシリーズにたびたび登場してきた菊園検事*1が一応の〈探偵役〉として配置されている。

 

 ストーリーは、菊園検事と森江春策がある事件について調べる内に、事件の関係者が集う洋館・悠聖館を訪れるところから始まる。やがて、館内で密室殺人事件が発生。菊園は解決に乗り出すのだが、真相に到達することなく、誤った推理を開示してしまう。直後、菊園は並行世界へと転送され、あらためて捜査と推理をやり直す羽目に陥る。だが、そこでも誤った推理を披露した菊園検事は、再び強制的に別の並行世界へと転送させられてしまう。真相にたどり着かない限り、延々と別の並行世界に転送され続けることになると気づいた菊園は、元にいた世界に戻るため、推理を繰り返すのであった……。


 何度も何度も繰り返す、つまりループするということから、たとえば、西澤保彦『七回死んだ男』や、『魔法少女まどか☆マギカ』『Steins;Gate』』を思い出す人は、少なくないだろう。

 

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  たとえば、『七回死んだ男』の主人公は、反復落とし穴といわれる能力を持ち、これにハマってしまうと、同じ時間を9回繰り返すことになる。あるループにおいて、主人公の祖父が変死体として発見されてしまい、主人公は祖父を救おうと、次のターンからは容疑者から祖父を引き離すなど奮闘するのだが、その度に別の要因によって祖父は殺害されてしまう。

 繰り返される時間の中で自分に近しい人を救おうと試行錯誤する物語。これが『七回死んだ男』である。

 

七回死んだ男 (講談社文庫)

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 ループものの物語がスリリングなものとなるのは、既に未来において起こることが予測できている悲劇的な結末を、限られた時間において回避しなければならない、つまり時間制限がある中で最良手を見つけ決断せねばならないからである。その焦りが物語をスリリングなものとするのである。

 また、ループものは、ループしていることに自覚的であるのは限られた人間だけである。そして、彼もしくは彼らは、周囲の理解や協力を得られないまま、孤独な戦いを強いられてしまうため、孤独感や無力感に押しつぶされそうになりながら、結末を必ず改変するために奮闘せねばならない。

 孤独の観測者が決断するという、ある種ヒロイックなストーリー。絶望的な状況を孤独の観測者が打破するという物語。そういう夢物語に惹かれる人が多いのであろう。


 さて、『異次元の館の殺人』であるが。この小説は上に挙げた作品とは異なったアプローチがとられている。

 

 まずは、ループすることに作者の仕掛けが施されているという点だ。

 『異次元の館の殺人』でのループは、時間のループではなく、状況のループである。従って、ループした先の並行世界は、直前までいた世界とはまったく同じということではなく、状況はそのままで、いくつかの舞台設定に変化が生じているのだ。そこに芦辺拓は仕掛けを1つ施しているのである。ループすることにミステリ上の意義を与えているという点が、この作品のうまさである。

 

 もう1つの異なったアプローチは、観測者は誰か?という点だ。

 菊園は誤った推理を開示するたび、別の並行世界へと飛ばされるのだが、その前の世界で菊園が示した推理の手がかりとなったものは、次の世界では手がかりとして失効しているということが起こる。たとえば、跡形もなく消え去ったり、別のものに変容したりといった風にだ。この手がかりに対する改変は、裏を返せば、誤った推理を導く手がかりが1つ1つ消えていく、あるいは誤った方向に導かないような手がかりに変容するということであり、推理が正しい方向に誘導されているということになる。つまり、明らかに何者かが正しい推理を菊園ができるように、ループに介入して誘導しているのである。

 

 ループする物語を観測しているのが、ループを体験している菊園だけでなく、メタな場所にもいるということ。
 そして、メタな場所にいる〈猫〉は同時に、菊園を観測しているということ。『異次元の館の殺人』の本格ミステリとしての面白さ、つまり、実は部分部分で真相を言い当てていた誤った推理が、最後の最後に正解していた部分が1つに収束して真相を射抜いてしまうという構造は、探偵役を導く〈猫〉がいることによって支えられているといえる。*2

 

 {観測者―ループする物語}という構造ではなく、{観測者(猫)―観測者(菊園)―ループする物語}という構造になっていること。これが、『異次元の館の殺人』が上述した先行作品と異なる点である。

 

 芦辺のメタ・ミステリといえば、『グラン・ギニョール城』、そしてその完成形である『紅楼夢の殺人』があるが、探偵が〈観測者〉であり〈被観測対象〉である『異次元の館の殺人』は、『紅楼夢』と並ぶレベルにある問題作であると私は考える。

 

 

 

*1:「菊園検事は『裁判員法廷』でお目見えし、『綺想宮殺人事件』や犯人あて原作「森江春策の災難」、あぁルナティックシアター「黄金夢幻城殺人事件」に出したので、作者的にはレギュラーのつもりだったが、読者にはなじみが薄かったか(倒叙物は未単行本化)。ま、『異次元の館の殺人』にてお見知りおきを」(芦辺拓の2014年8月24日のtwitterより)

*2:もっといえば、最後に示された推理が誤っていないことは、それ以上ループしなかったことで担保されており、同時に、推理に組み込まれた手がかりが誤った推理を導く手がかりでもなく、誤った方法で推理に組み込まれていないことも、それ以上ループしなかったことで担保されている。