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明利英司さんの『旧校舎は茜色の迷宮』におけるパチンコ依存症の書かれ方にあるリアリティについて

※以下の文章は、明利英司さんの『旧校舎は茜色の迷宮』の内容に触れています。 

 

 

 

 

 

 

 

旧校舎は茜色の迷宮 (講談社ノベルス)

旧校舎は茜色の迷宮 (講談社ノベルス)

 

 


 
 

 

   第6回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の最終候補になった作品が、このたび講談社ノベルスから発刊された。明利英司さんの『旧校舎は茜色の迷宮』という作品だ。タイトルからもわかるように、同作は学園を舞台としたミステリー。ストーリーは以下のようなものだ。 

 


一年前の秋、白石秋美の通う高校では、人気教師・宇津木が旧校舎内で何者かに殺害される事件が起きた。そして、翌年の同じ日に、こんどは秋美の慕う男性教師・小垣が同じ旧校舎から飛び降りて死亡する。怪奇話が大好きな空手部の渋谷新司と、それらの話を全く信じない生徒会長の木吉吾朗とともに、二人の死の真相に迫ろうとする秋美。 
二つの事件を繋ぐ闇を追う刑事も巻き込みながら、迎えた文化祭の夜。隠され続けていた真実が、秋美の前に現れる! 
 

 


 物語が進むとともに、女性教師の謎めいた行動が浮かび上がり、彼女が何かに苦しんでいることがわかる。そして、彼女がパチンコ依存症に苦しんでいたという事実が判明する。 

 

 

 ここで私が驚いたのは、教師がパチンコ依存症にかかっていたことはともかく、その理由が非常にリアリティのあるものだったことである。

 

 

 まず、パチンコ依存症について説明する(スロット依存症もここには含む)。 
 パチンコ依存症が社会問題として大きく話題となり、東京都遊技業協同組合などの業界団体が問題解消のための事業を開始し、ポスターなどで呼びかけるようになったのは、2005年のことである。「駐車場に子供を置いていかないでね」というポスターはそれ以前からもパチンコ屋店内に貼られていたが、「この症状がある方は依存症なので、治療を受けてください」というポスターが店内に貼られるようになったのがこの年である。 

 

 

 パチンコ依存症ギャンブル依存症の中でも厄介なのは次の3点が理由としてあるからだ。 

 

  • パチンコ店のレジャー施設化が進み、ゲーセン感覚で気軽に入れる。 
  • 10時~23時という時間制限しかない。回数制限がない。 
  • 他のギャンブルと違い、毎日全国の至る所でギャンブルで遊べる。 

 誰でも気軽に始められ、そして泥沼化しやすく、また習慣化してしまうと毎日入り浸ることが可能であるというのが、パチンコ依存症ギャンブル依存症の中でも厄介な点なのだ。 
 敷居の低さゆえに誰もが気軽に始められるため、そして入り浸れるため、年金暮らしの老人や身体障がい者といった方でも依存症にかかっている人は少なくない。

 

 

 さて、ここで注目したいのは、パチンコ依存症の患者がいつ頃から増え始めたかという話。諸説あるが、2000年頃ではないかというのが一般的だ。 
 この2000年頃というのが実は肝になる。 
 パチンコ依存症にかかっている方、さらにはパチンコで生計を立てているプロの方は1975~1985年生まれに多いとされている。この数字が何を意味するのか、今から解説したい。 
 この世代はいわゆるファミコン世代である。攻略本を読んでゲームを攻略するというのが身に染み付いている世代であり、裏ワザという言葉に弱いとされている。ゆえに、この世代はゲーム機を攻略する感覚でパチンコを攻略しようとするため、パチンコを面白いと感じてズブズブとのめり込む人が多い。私が3年前に聞いた話だと、パチンコ雑誌のメイン購買層がちょうどその世代なのだそうだ。 
 このことを示す例はいくつかある。パチンコのヒット機種は、「北斗の拳」「キン肉マン」などの80年代ジャンプ作品が多く、1975~1985年生まれの人が少年時代に触れたであろう物が多数なのである。また、ゲームでは「バイオハザード」「鬼武者」といった辺りがパチンコ/スロット化されているが、これらの作品は1975~1985年生まれの人たちが10代後半~20代前半で遊んだであろうゲームである。これらの例から、この世代が狙い撃ちされているといっても言い過ぎではないだろう(実はこれにはもう1つ別の理由がある。作ってる人もその世代が多いのだ)。 

 

 

 

 

実戦パチスロ必勝法! 北斗の拳F 世紀末救世主伝説

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実戦パチスロ必勝法! 鬼武者3

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 『旧校舎は茜色の迷宮』に出てくる女性教師というのも、明言はされていないが、記述から推察するに、まさにこの世代である。 

  
 ところで、パチンコ依存症の厄介な点こそが、特異な状況を生み出していることをご存知だろうか。 
 競馬・競輪・競艇といったギャンブルは開催されている日が限られており、平日開催のものに一般の勤め人が遊びにいくというのはまず困難である。また、場所も限られており、ロケーションも郊外であることが多いため、ふらっと入るなんてことはまずありえない。 
 だが、パチンコの場合は、10~23時までなら365日いつでもやっている。そして、全国どこにでもパチンコ屋はある。駅前に行けば高確率でパチンコ屋はある。店さえ選ばなければ、ふらっと入ることが可能である。また、遅くまで営業しているため、仕事上がりから入って遊ぶことも可能である。しかも、レジャー施設化が進んでいるため、気軽に入れる雰囲気が出来上がってしまっている。つまり、勤め人が退勤後にふらっと寄って遊ぶというようなことが可能なのだ。 
 ふらっと始められるというのが、パチンコ依存症の恐ろしいところである。競馬・競艇・競輪とは違って、お金が欲しいから、ギャンブルがしたいから始めたのではなく、仕事のストレス発散をしたかったから、居場所が欲しかったから、お金を乱暴に扱えることが気持ち良いから……と、「ギャンブルがしたくて」以外の理由で始めてしまった人、続けている人が多数いるそうだ。『旧校舎は茜色の迷宮』に出てくる女性教師は、時間を忘れられる場所が欲しくて、パチンコに足を運んでいた。なお、私の知り合いには「玉をいっぱい出して箱を積み上げればヒーローになったような気分になれるから、パチンコをやっている」という人もいる。賭博場に入ってギャンブルをするというのは敷居が高い。だが、パチンコはその敷居が低いがために、危なっかしいと知っていても日常とは違う非日常に浸っていたい人を寄せ付けてしまうのである。 
  
 レジャー施設化がこれだけ進み、CMもばんばん打たれて身近なものになってしまった今、パチンコ依存症はすぐそこにありうる依存症となってしまった。そして、それにより、ギャンブルで勝負することに依存しているのではなく、自分が自分ではなくなる非日常に浸れることに依存している新しいギャンブル依存症が00年代以降生まれた*1

 

 

 

 余談ではあるが、自分が自分ではなくなる非日常に浸れることに依存する態度というのは、昨今の空気系アニメの受容のされ方にも通じるものがあると私は考えている。

 

 ここ2年ほどの空気系の受容のされ方というのは、空気系が好きだからではなく、「にゃんぱすー」「あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~」と口にする(=ネットに書き込む)ことで自分ではない自分になれることに重きが置かれているような気がするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃんぱすー」も「あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~」も、それを口にすることで、皆でわいわい騒ぎたいというのはあるだろうが、いわゆる「萌豚」的オタクをパロディとしてやれるから、という方が強いように感じられる。

 


 それはともかくとして。ギャンブルにハマって身を崩した人を単なるギャンブル狂として描くのではなく、自分が自分でなくなることに安心感を得る人たちとして描いたこと。その描写が出てきたことに私は感心させられたのであった。

 

*1:この精神性は、2chの女神板で裸体を晒すネットユーザーに近いものがある