サイバーミステリとはそもそも何か?――七瀬晶の『SE神谷翔のサイバー事件簿』を手がかりに

※以下の文章は七瀬晶の『SE神谷翔のサイバー事件簿』の内容に触れています。

 

 

サイバーミステリとはどのようなミステリか

 さて、皆さんは「サイバーミステリ」と聞いて、どのようなミステリを思い浮かべるだろうか。

 「攻殻機動隊」のような「電脳世界での演算バトル」や『ブレード・ランナー』のような「近未来の冒険小説」を思い浮かべる人はきっといるだろうと思う。

 だが、サイバーミステリというのは、「攻殻」や『ブレード・ランナー』のような作品のことではない。では、どういうミステリなのであろうか。

 

 サイバーミステリというのは「サイバー空間を舞台にしたミステリ小説」として定義される。この「サイバー空間」というのは、コンピュータネットワーク上のことである。確かにこのままではまだ漠然としていてわかりづらい。そこで、総務省のHPにある「サイバー空間の在り方に関する国際議論の動向」というページを見てみよう。同ページには、以下のような記述がある。

インターネットは、その上で多様なサービスのサプライチェーンやコミュニティなどが形成され、いわば一つの新たな社会領域(「サイバー空間」)となっている。

 

 この文言からもわかるように、サイバー空間とは携帯電話やパソコンを入り口とする世界中に張り巡らされたインターネット網やソーシャルメディア社会のことである。

 つまり、「サイバー空間を舞台にしたミステリ小説」というのは「インターネット網やソーシャルメディア社会を舞台としたミステリ小説」のことである。
 

 ミステリでは社会での犯罪が描かれる。であるならば、サイバーミステリで描かれるのは、インターネット網やソーシャルメディア社会で起こる犯罪になる。具体的にいえば、ハッキングや不正アクセスなどのサイバー攻撃、顧客情報の流出をはじめ、3Dプリンタを使った銃の作成、なりすまし、裏サイトなど、多岐に渡る。つまり、現代の我々がニュースなどでよく目にするようになった犯罪のことなのである。*1
 サイバー空間は現代人にとっての日常とほぼイコールである。つまり、サイバーミステリとは、日常で起こりうる犯罪を扱ったミステリ小説のことだともいえる。

 

 なお、サイバー空間で起こりうる犯罪にはどのようなものがあるのか、それらとどう向き合うべきかということに関しては、一田和樹の『サイバーセキュリティ読本』(原書房)に詳しい。

 

サイバーセキュリティ読本

サイバーセキュリティ読本

 

 

 

サイバーミステリにはどのような作品があるのか

 ここで、具体的にサイバーミステリにはどのような作品があるのかを紹介していこう。
 昨年福田和代のサスペンス小説『サイバーコマンド―』が話題となったが、サイバーミステリを書き続けている作家として挙げられるのは『青い虚空』『ソウル・コレクター』で知られるジェフリー・ディーヴァー、そして一田和樹と七瀬晶だ。
 
 一田和樹の作品はセミナーで詳しく紹介できればと思っているので、今回は七瀬晶の作品をここで取り上げてみたい。

 

七瀬晶の『SE神谷翔のサイバー事件簿』における探偵の推理

 一田和樹がそうであるように、七瀬晶はサイバー犯罪を扱った本格ミステリをものにしている。『SE神谷翔のサイバー事件簿』シリーズ(幻冬舎文庫)がそれである。

 

SE神谷翔のサイバー事件簿 (幻冬舎文庫)

SE神谷翔のサイバー事件簿 (幻冬舎文庫)

 

 

 『SE神谷翔のサイバー事件簿』は草食系でディズニーオタクの新米SE神谷翔を探偵役とするミステリである。頼りがいゼロの神谷翔は、実は警視庁のサイバー犯罪捜査に協力している元ハッカー。そんな彼が先輩の理沙とともに。身近で起こるネット犯罪に挑む、というのが筋だ。

 

 1巻には3つの短編が収録されている。その中で扱われているのは、

  • 社内サーバへのウィルス感染の経路は?感染させたのは誰か?
  • 犯罪予告掲示板で実行犯を操ろうとしているのは誰か? 
  • なりすましているのは誰か?

 以上の謎である。

 

 神谷翔はハッキングの技術や知識を使うことで、証拠を集めたり、犯人に罠を張って逮捕の手助けを行うのだが、犯人を特定する際は従来の本格ミステリにあるようなロジックを用いて推理を行う。

 たとえば、「感染経路」では、WEBサーバのログを手がかりに神谷は犯人のミスを発見。〈ミスしたこと〉が新たな手がかりとなり、その手がかりを使って関係者から犯人を特定する。

 「犯罪予告掲示板」では、掲示板で使われている暗号を解読。その暗号を逆に利用して実行犯にコンタクトをとる。

 「私の知らないワタシ」では、なりすましをしている相手が閲覧している物から、被害者と加害者のネット上での関係性を特定する。

 

 この中では、「感染経路」での推理が特に優れている。犯人は〈偽〉の手がかりを用意するのだが、それが〈偽〉であることを神谷は見破った上で、「〈偽〉の手がかりを残せた者こそが犯人である」として〈偽〉の手がかりを〈真〉の手がかりに反転させて推理に組み込んでしまうのだ。ここでの手がかりの扱い方、論理の組み立て方は非常に丁寧だ。*2

 
 専門知識を使って探偵は犯人を追い込むが、犯人を射止めるのは論理。
 サイバーミステリは、日常を舞台とした探偵と犯人の論理のゲームとして書かれえるものなのである。

 

さいごに

 9月29日(月)に技術評論社さんのセミナールームにて行うサイバーミステリについてのセミナーでは、私は、サイバーミステリの新しさだけでなく、サイバーミステリが従来のミステリから何を受け継いでいるのか、つまりこのエントリのような話を解説していこうと考えています。
 お時間にご都合の付く方は、是非ご参加いただければと存じます。

 

 

 

サイバーミステリの楽しみ 第1回

●2014年9月29日(月) at 東京・技術評論社セミナールーム

●START 19:00

●出演: 一田和樹(ミステリ作家)、遊井かなめ(ミステリ評論家)
●料金: 一般2000円(早期割引1000円、9/24まで)、学生1000円。※ご予約はwebにて
【web】http://cybermystery01.peatix.com/

※なお、『個人情報ロンダリングツール=パスワードリスト攻撃シミュレータの罠 工藤伸治の事件簿番外編』を事前に読むことを推奨いたします。セミナーでは、この小説のネタバレがあります。

 

 

 


以下、登壇者のプロフィールです。

◆一田和樹(いちだ・かずき)
小説家。1958年東京都生まれ。
コンサルタント会社社長、プロバイダ常務取締役などを歴任後、日本初のサイバーセキュリティ情報サービス開始。2006年に退任後、作家に。2010年に『檻の中の少女』(原書房/2011年)で第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞しデビュー。サイバーセキュリティミステリを中心に執筆するが、ファンタジー小説やマンガ原作などもこなす。著書に『サイバーテロ 漂流少女』(原書房)、『キリストゲーム』(講談社)、『サイバーセキュリティ読本』(原書房)、『もしも遠隔操作で家族が犯罪者に仕立てられたら』(技術評論社)など。
 
◆遊井かなめ(ゆうい・かなめ)
評論家。ライター。編集者。
1980年生まれ。東京外国語大学出身。本格ミステリ作家クラブ会員。
ジャーロ」(光文社)、『本格ミステリーワールド』(南雲堂)などに寄稿。ボーカロイド関連の記事も多数担当。現在は声優評論集を準備中。

 

それでは皆様のご来場をお待ちいたしております。

*1:なお、アメリカはサイバー空間を「第5の戦場」だと捉えており、「サイバー攻撃は戦争行為である」とみなしている。詳しくはこちらを参照のこと。

*2:なお、〈偽〉の手がかりについては、セミナーでもう少し突っ込んで解説しようと考えている。