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非職業声優/職業声優 ~《AKB0048》におけるNO NAME論

アニメ 同人誌に寄せた雑文

『声優論』の発売記念イベント「声のナックルボール」も無事終了。お越しいただきました皆さま、誠にありがとうございました。

   

声優論 アニメを彩る女神たち:島本須美から雨宮天まで

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イベントでは、神田沙也加さんの素晴らしさを、松田聖子さん『風立ちぬ』A面から順を追って熱くお話しさせていただきましたが、お越しいただいた皆さまをひかせてしまったのではないかと、やや心配もしております。

 

さて、今回のエントリは、昨日のイベントでも少し話に出た、アニメ「AKB0048」で主人公たちを演じたAKB声優選抜“NO NAME”について。

彼女たちについては、昨年の冬コミで頒布した、『声優論』の予告編的同人誌「この論は河に注ぐ」に一本書いていますので、そちらを今回再掲したいと思います。

この原稿を書いた頃は、松井玲奈さんのアニメ「電波教師」への出演も、仲谷明香さんの「トリアージX」への出演も、佐藤亜美菜さんが「アイドルマスター シンデレラガールズ」で橘ありす役を演じることもわかっておらず、その辺りの情報は原稿内ではフォローできておりません。そこはご容赦いただけると幸いです。

 

また、執筆時は、アニメ「AKB008」第2期の主題歌でもあった「この涙を君に捧ぐ」がAKBリクエストアワー2015で20位に輝くとは思っておらず(同曲に4票投票はしていましたが、まさかここまで上位に来るとは思ってもいませんでした)、執筆時期が2ヶ月ほど後ろにずれていたら、私のNO NAME愛はますます強まって、原稿として成立しなくなっていたのではないかと思っています。

 



 

はっきり申しておきますと、私が今まで観たアニメの中では、「少女革命ウテナ」「カウボーイ・ビバップ」、そして「AKB0048」が生涯のベスト3になります。

ゆえに、この時点で既に愛が暴走している原稿になっているとは思います。その点、ご承知おきいただければと存じます。

最後に。この原稿を読んでいただければわかるかとは思いますが、『声優論』の沢城みゆき論は、NO NAME論の対として書かれたものです。

 

非職業声優/職業声優
 《AKB0048》におけるNO NAME論

 



AKB48の三十八枚目のシングルとしてリリースされた「希望的リフレイン」は、「大声ダイヤモンド」「涙サプライズ」といった初期の代表曲を多く手がけた井上ヨシマサが作曲を担当したこともあり、発売前からAKBファンの間では高く評価されていた。だが、一般層を含め、ファンを強く驚かせたのは、そのPVの内容であった。

前田敦子大島優子板野友美篠田麻里子といった卒業したメンバーも参加して、歴代のセンターで、バトンに見立てられた二本のマイクを守り繋いでいき、最後に渡辺麻友から宮脇咲良に手渡されるという構成は、AKBの歴史を示しているようなものであったからだ。

AKBには過去にも自分たちの歴史を振り返るようなPVがあったが(「Everyday、カチューシャ」)、〈継承〉というテーマをはっきりとここまで打ち出したものはない。世代交代しながらもAKBを続けていく決意のようなものも、このPVからは読み取ることができた。

 

ところで、筆者はこのPVの内容からアニメ《AKB0048》を強く連想させられた。〈継承〉がテーマになっていること。AKBを続け、守っていこうという気概が見えること。そして何よりマイク、すなわち歌を届けることを大事にしているという姿勢が読み取れること。この三点から《0048》を連想させられたのである。

 

二〇一二年に放映されたアニメ《AKB0048》は、タイトルからも解るように、AKBをモティーフにした作品である。《マクロスプラス》《創聖のアクエリオン》《マクロスF》で知られる河森正治が総監督、《カレイドスター》の第二期で監督を務めた平池芳正が監督、岡田麿里が脚本を務めている。

 

AKB0048 VOL.1 【初回特典有り】 [Blu-ray]

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同作品は芸能活動が法律によって禁止された未来の宇宙を舞台にしたSFである。人々に歌を届けるために宇宙各地でゲリラ的にアイドル活動を行う非合法のアイドルグループ「AKB0048」を描いた物語だ。

未来を舞台とするが、総選挙や選抜入り、握手会、オタクとの連帯などAKB的なものもきっちり作品内に盛り込まれている。一方で、競争の中で夢を見て、嫉妬し、そしてもがきあがく少女たちの姿がきちんと描かれていた。

物語が進むにつれ、アイドルになるための覚悟、アイドルを続けていくための覚悟、さらにはファンに愛を歌い届けていく覚悟が少女たちに問われるようになり、それゆえ同作は、AKBものという小さな枠にとどまらない、アイドルものの金字塔的な作品になったのである。

 

さて、同世界におけるAKB0048はAKB48からの襲名制になっており、たとえば「十一代目板野友美」や「六代目 柏木由紀」「三型目渡辺麻友」が作品内に存在している。彼女たち襲名メンバーを演じるのは植田佳奈堀江由衣田村ゆかりといった現役の声優である。

ここでの配役は、実際のAKB48メンバーにあるイメージを重視したものとなっている。たとえばフェミニンでおっとりとした小嶋陽菜には能登麻美子、アイドルとしても完璧で〈アイドルサイボーグ〉とも呼ばれる渡辺麻友は本人自体も非常にアイドル性の強い田村ゆかりを配置するという具合に。だが、同作の主人公である研究生たちを演じたのは、プロの声優ではなく、AKBの現役メンバーであった。

AKBは《0048》のために48グループを対象として声優選抜と称してオーディションを行い、最終的に岩田華怜、渡辺麻友仲谷明香佐藤亜美菜矢神久美秦佐和子、三田麻央、石田晴香佐藤すみれの九名を研究生メンバーの声優として選出した。この中で、既に声優を経験していたのは、仲谷明香と「坂道のアポロン」などに出演していた佐藤亜美菜だけである。

 

仲谷と佐藤亜美菜は経験を積んでいるだけあって、第一話の時点で既に声優としての演技力が標準的なレベルにはあり、それゆえ、選抜メンバーの中でもやや難しい役どころが任されていた。

 

たとえば、仲谷の演じる藍田織音は、アンチと真正面から向き合うエピソードが第六話「はじめての握手会」に用意されていた。この話数において、織音はアンチの存在から一度は挫けるものの、最終的にはアンチを否定するのではなく、「アンチは自分に足りないものを指摘してくれる存在」として向き合おうと決意する。仲谷は優しさを失わない、寛容の精神を持ち合わせたキャラクターを見事に演じきっていた。

 

たとえば、佐藤亜美菜の演じる一条友歌は、アイドルとして活動していくため、幼なじみの護への恋心を殺しているのだが、第十二話「愛をうたうアイドル」において、護の自身への好意を知ることになる。だが、それでもアイドルであり続けるために、護の好意を精一杯受け取りながらも、護のことを好きだからこそ友歌は自身の想いを殺し、胸にしまうのである。これだけでも、非常に高度な感情表現が要求されるのに、佐藤亜美菜にはさらに歌うことで感情を表現することが要求された。「大声ダイヤモンド」を歌いながら護に別れを告げる演技において、佐藤亜美菜は己の歌でキャラの心情を歌うのではなく、キャラクターを演じながら歌でキャラを表現する。キャラクター理解と、それに基づいた表現力が高い水準にあるからこそ可能になる演技を見せていた。

 

彼女たちほどではないが、石田晴香の演技も序盤から高い水準にあった。石田晴香はなかなか襲名できない先輩研究生・東雲彼方を演じたのだが、石田に求められていたのも難しい役どころではあった。彼方は高橋みなみを襲名するに足るだけの資質があるのだが、高橋みなみを襲名するメンバーが既に他にいるため、襲名できないでいるのだ。焦りを感じながらも、同時に現・高橋みなみを敬愛している部分もあるため、葛藤に苦しむキャラクターなのである。二期後半で彼方は吹っ切れ、抜群のリーダーシップで周囲を引っ張っていくことになるのだが、前期とは違って落ち着きのようなものが感じられ、刺々しさも感じられなくなる。これは、石田晴香が彼方を演じる際の音域を若干低めに下げたことが理由としてあるだろう。感情が昂ったときの音域も第一期よりも低めに設定されており、怒った演技でも一期のような癇癪じみたものは感じられなくなったのだ。自身の声をよく把握しているからこその微調整であり、この点をとっても石田晴香の声優としての適性が高いものであることがわかる。なお、前述の友歌の幼なじみである護を演じたのも石田であるが、護と彼方の演技を聴き比べるに、石田晴香は少年役に特に高い適性を持っているようだ。

 

仲谷明香佐藤亜美菜石田晴香の演技力の高さは評価されているようで、仲谷と佐藤亜美菜は後に声優に転向、石田も《ノブナガザ・フール》に出演している。「五歳の頃から声優になるのが夢」という仲谷は《ちとせげっちゅ!!》での桜庭ちとせ役、《ハピネスチャージプリキュア!》への出演で知られ、佐藤亜美菜は《トリアージX》で梨田織葉役を務めることが決定している。

 

 

それでは、ドラマ「マジすか学園」でのネズミ役で高い演技力を見せていた、AKBの大エース・渡辺麻友はどうだったか。渡辺は声優としての演技力は標準的なものがあり、決して下手というわけではない。だが、アニメの最初と最後とで演技力に一番差が見られない、つまりほとんど向上が見られなかった。これはおそらく、本隊での活動が忙しすぎて、園智恵理という役を磨き上げるための時間をそこまで取れなかったことが原因としてはあるだろう。また、《0048》で求められた演技がそもそも渡辺向きではなかったというのも理由としては考えられる。智恵理はクールなお嬢様キャラなのだが、滑舌がそんなには良くはない渡辺が凛とした感じで発声すると苛立っているように聞こえてしまうのだ。渡辺自身も「強くセリフを言いすぎるとイヤミに聞こえるので、バランスが難しかった」と語っているほど。では、なぜ渡辺に智恵理が振られたのか。おそらくそれは、智恵理が主人公・本宮凪沙のライバル、もう一人の主人公であるからだ。凪沙を演じるのは当時チーム4に昇格したばかりの岩田華怜。話題性を考えると、本隊のエース格で、しかもアニメ好きで知られる渡辺を智恵理役に振るのは、理には適っている。

 

ここで注目すべきは、なぜドラマでは高い演技力を見せた渡辺がアニメではそこそこにとどまったかということである。その答えは「マジすか」を観直せばわかる。

狡猾に立ち回る様で視聴者を震え上がらせ、センター(松井珠理奈)の気持ちに心が溶けていく様で観る者を涙させた渡辺の好演は、目と口の動き、つまり表情によって支えられているのである。渡辺の演技は表情に依るところが多く、従って声だけで演技をしなければならない声優という仕事ではやや苦戦を強いられるのだ。同じように「マジすか」での演技で名を上げた松井玲奈が声優選抜では落選しているが、ぶっ壊れまくったゲキカラでの演技も松井玲奈の表情に依るところが多かった。声で演技を作っているわけではないのだ。演技派として知られる俳優がアニメの声優に挑んだ際に、たいしてうまいように聞こえないことがあるとすれば、おそらくこれが理由である。つまり、表情や仕草で演技を構築するタイプの演者はアニメの声優で苦戦することがあるということなのだ。

 

一方で、放映当初から終盤にかけて右肩上がりでうまくなっていったのが、東雲彼方の妹・楚方を演じた矢神久美と、主役の本宮凪沙を演じた岩田華怜であった。

 

矢神久美の演じる楚方は突拍子もない発言を挟み込むことで、終盤重たくなっていく一方の話を重たくなりすぎないようにするバランサー的な役割を担っていた。「マジすか」で矢神が演じたダンスも同様の役割を担うキャラクターであることから、矢神はそういう飛び道具的なキャラクターを得意とするのだろう。矢神が序盤で真価を発揮できなかった理由のひとつは、楚方に当初求められていたものが姉の彼方との姉妹愛であったからであろう。脚本的に楚方の動かし方が飛び道具的キャラに振り切るようになってからは、矢神の演技も俄然輝きだし、これは単純に矢神の演じやすい領域にキャラが転移したということなのだろう。もうひとつ理由として、演じる際の声を矢神が序盤ではまだ掴めていなかった、定めかねていたこともあるのかもしれない。過去に矢神が出演したバラエティ番組を参照するに、矢神は声色が安定しておらず、時期によって声が異なる。声の表情が元々多彩なのだ。従って、地声のバリエーションが多すぎるがゆえに、序盤は声を模索していたのかもしれない(これは裏を返せば、矢神久美自身が演技をコントロールできる声域は狭い、ということになるだろう)。

 

非職業声優が声優をやるにあたって、演じる際の声色を早く定められるかも大事である、というのが矢神の例からわかる。

 

岩田華怜の場合は単純に場数をこなしたことでうまくなっただけの話ではある。だが、ここで見逃せないのは、岩田華怜がうまくなっていったことで声色も明るくなったことだ。凪沙は回を追うごとに自信を、そしてアイドルとしての自覚を持つようになっていくのだが、岩田華怜の声も段々と明るくなっていくため、実際のストーリーに強い説得力が与えられるのである。

 

着実に少しずつうまくなっていく様が、一歩一歩前に進んでいく凪沙の姿と重なるのである。第一話ではあった渡辺との演技力の差が無くなっていく様は、そのまま凪沙と智恵理の関係性にも重なるものであり、これも物語にうまく作用した。《0048》は、岩田華怜を本宮凪沙に据えたことで大きく飛翔したのである。

 

岩田華怜が短期間でうまくなったのは、おそらく本人がアニメをよく観ているからであろう。アニメではどういう演技がスタンダードなのかが耳に染み付いているのである。《0048》の研究生メンバーたちはそれぞれがキャラクターとしてはよくある類型のものである。河森正治は「いわゆる“アニメ声”からはハミ出た子を選びたかった」と語ってはいるが、キャラクターそのものはスタンダードなものなのである。だからこそ、アニメに馴染んできたAKBメンバーはうまく対応できたのである。秦佐和子は淡々と話す知的なキャラを教科書通りに演じていたし、三田麻央はオタオタするキャラの典型例をやっていた。佐藤すみれの場合は、本人もフェミニンな感じではなく、アニメにもともと馴染みがなかったそうだが、能登麻美子が教科書として現場にいたことが大きかった。能登を横で見ながら学び取って、佐藤すみれなりのフェミニンな感じを構築できていた。そして、岩田華怜はビルドゥングスロマンものの主人公に求められる演技を感覚的に蓄積で掴めていた。だからこそ、経験を積んだことで、そこにうまくアジャストすることができたのだろう。

 

岩田華怜の声は素朴な声であり、意志の強さというものはあまり感じられないものだ。なんとなく流されてそこにいる声でしかない。
だが、回を追うごとに声は推進力と強い意志を持つようになり、そして第一九話「輝きを継ぐ者」での「ポニーテールとシュシュ」を歌いながらの「私も輝きまーす!」に辿り着くのである。ここでの内に秘めた想いを抑えられない演技は、「声優は難しかったけど、今は凪沙ちゃんが大好きです」と言い、凪沙を演じることの楽しさに目覚めた岩田華怜から自然と溢れでたものであろう。

 

本宮凪沙は最終話で「私たちのことは嫌いでも、歌や芸能のことは嫌いにならないでくださーい!」とファンに訴える。ここでの岩田華怜の叫びが胸を強く打つのは、素朴な声に強すぎる推進力が加わったことで、凪沙が世界へと向けた無償の愛が華怜の発した言葉から強く導出されるからだ。華怜の声が空へと昇って俯瞰で見る愛へと変わるのだ。おそらく、経験を積んでしまった今の華怜では、あのような素朴な演技はもう出来ないであろう。であるならば、《0048》での華怜の演技は奇跡そのものである。先人に倣っていうならば、そう、岩田華怜こそがキリストを超えたのだ。

 

■参考文献
『AKB0048 オフィシャルガイドブック』(講談社MOOK)

 

AKB0048オフィシャルガイドブック (講談社 MOOK)

AKB0048オフィシャルガイドブック (講談社 MOOK)