残された者と燻り続ける謎~西澤保彦『帰ってきた腕貫探偵』を読んで

※以下の文章では西澤保彦『帰ってきた腕貫探偵』の内容に触れています。

 

帰ってきた腕貫探偵

帰ってきた腕貫探偵

 

 

 

西澤保彦さんの『帰ってきた腕貫探偵』(実業之日本社)を読み終えた。

同作は〈腕貫探偵シリーズ〉の六作目にあたる連作短編集。同シリーズは、櫃洗市という架空の都市を舞台とし、同市市役所の市民サーヴィス課一般苦情係に務める男性公務員を探偵役とする。彼は市内のあちこちで、机と椅子だけの簡易なスペース“臨時出張所”を開設しているのだが、そこに市民が相談事を持ち込むことがら物語は始まる――というのが毎回の流れだ。
ワイシャツに黒ネクタイ姿で、黒いアームカバー(腕貫)をつけたその公務員は、地味で、無表情で、登場人物たちから「生身の人間とは思えない。まるで、幽霊のよう」「その動きはまるで機械仕掛のよう」と評されるほどに人間味がない。彼は市民の話をじっと聞き、相談事について解決する。まさに事務的に、淡々とこなすのである。
同シリーズは、ミステリとしては安楽椅子探偵ものに属する。安楽椅子探偵ものは、依頼人が自分が目にした・体験した不可解な状況について、探偵役に説明することから始まる。そして、話を聞き終えた探偵が、依頼人が気づいていないこと・見逃していることを指摘し、真相を明らかにするという構図をとる。このことからもわかるように、安楽椅子探偵は、受け身の存在である。そこに、感情を挟まず、事務的に仕事を次々にこなすことが求められる(というイメージが一般的に持たれている)公務員の苦情係を配置するというのが、〈腕貫探偵シリーズ〉のユニークな点である。

また、安楽椅子探偵ものはその構図上、また聞きでしかない点や、データの正確性についての検討が凡そ不可能な点から、緻密な推理で魅せるというよりは、動機や真相の意外性、推理(推論といった方が正確か)の飛躍で魅せることになるのだが、その点においても西澤はもともと長けており、安楽椅子探偵ものは作風とも合致したものといえるだろう。


さて、『帰ってきた腕貫探偵』には、四つの短編が収録されている。
「氷結のメロディ」では、相次いで転落死した友人たちがなぜ命を落としたのか、なぜ死を選んだのかが謎となる。
「毒薬の輪廻」では、二十年ぶりに出逢った老人女性になぜ依頼者は殺されかけたのかという謎となる。その過程で、未解決のままだった二十年前の毒殺事件の真相も明らかとなる。

「指輪もの騙り」では、夫が留守中に不貞を働いていた妻がわざわざ結婚指輪を取りに戻ったのはなぜかというが謎となる。だが、最終的に謎として設定されるのは、三十年前に起こった妻と姑の殺人事件の犯人は誰か、どうやって殺害したかである。

「追憶」では、女性の霊はなぜ成仏できないのか、そもそも彼女は誰なのかが謎となる。その過程で、五十年前に起こった事故の真相も明らかとなる。

「毒薬の輪廻」「指輪もの騙り」「追憶」では、謎の奥に謎があったり、謎を解く上で別の謎が浮上するという構図になっているが、実は四編すべてに共通するテーマがある。それは、「真相を知る事件関係者がいなくなった状況で、残された関係者が真相を知ろうとする」という物語である。

「氷結のメロディ」では、同じバンド・メンバーでただ一人生き残った者が。

「毒薬の輪廻」では、二十年前の毒殺事件も、そして老人女性からの襲撃からも生き残った者が。

「指輪もの騙り」では、三十年前の事件に関わった捜査員が。

「追憶」では、三角関係の一角をなした者が。

最早知るすべは残されていないが、一体あの事件は何だったのか――残された者の中で燻り続ける疑問を腕貫探偵は解き明かすのである。

西澤作品では、〈記憶を掘り起こす〉〈不可解なまま記憶されたことに説明を与える〉というテーマが頻出する。今回の『帰ってきた腕貫探偵』では、さらに、今となっては真相を知ることが不可能で、蚊帳の外に置かれるようにして残されてしまった者の記憶を扱うことで、その者の記憶を“成仏”させ、あるいは背中を押しさえする。それを行うのは、事務的に事件を処理する腕貫探偵である。余計な感情を挟まないからこそ、淡々と説明がなされるからこそ、たとえ腕貫探偵の推理が推測のようなものであっても、残された者は説明を納得し受け入れることができるのではないだろうか。呪縛のようなものも解かれるのではないだろうか。

〈腕貫探偵シリーズ〉の中では、奇妙な論理に圧倒される『探偵が腕貫を外すとき』がベストではあろうが、腕貫探偵という設定が最も見事にはまっているのはこの作品だろう。