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植草甚一展雑感

ちょっと一段落ついたので、4月30日に世田谷文学館で行われている植草甚一展に行ってきた。

芦花公園駅から世田谷文学館までの道中にある商店街に植草甚一展のポスターが貼られており、まず嬉しくなったわけだが。なにせ、もう駅の構内からしてこんな感じ。先日まで行われていた岡崎京子展同様、歓迎されているのだなと思い、嬉しくなった。

 

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世田谷文学館前で記念に1枚。

 

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さて、植草甚一さんといえば、映画評論家でありミステリの評論家であり、そしてジャズの評論家として知られる方で、私のような渋谷系直撃世代だと、小西康陽さんを通じて知った人が多いのではないかと思われる。特に、小西が『これは恋ではない』(幻冬舎)に収録されていたコラムでも絶賛していた『ワンダー植草甚一ランド』(晶文社)が1997年8月にタイミング良く再販されたこともあって、私のような完全なる後追い世代の間でも植草甚一さんはリスペクトされていたように記憶している。

 

ワンダー植草・甚一ランド

ワンダー植草・甚一ランド

 

 

これは恋ではない―小西康陽のコラム 1984‐1996

これは恋ではない―小西康陽のコラム 1984‐1996

 

 

編集者的なセンス、カットアップ的な感覚、フットワークの軽さはとにかくDJ的。だから、渋谷系直撃世代のファンからもリスペクトされたのだろう。

 

今回の展示では、生原稿ももちろん嬉しかったのだが、植草甚一さんが実際に使っていた手帖やスクラップブックがすさまじかった。氏が残した文章以上にDJ的なものを強く感じさせられた。興味を惹かれたもの、ネタとして使えそうなものをただただ貼り付けるという行為、そして無秩序なものに秩序をつけていく様、植草甚一的なものに仕上げていく様――すなわち、DJ的なカットアップの手法に通じるような編集術が非常にDJ的なのである。

植草甚一氏の手帖やスクラップブックを見ていると、ターンテーブルの前に陣取ってDJが何をかけるのか、レコードのレーベルをじっと眺めていたあの頃のことを思い出してしまった。

 

展示の各ブロックの名前が、「映画だけしか頭になかった」「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」「衝突と即興」「ぼくのニューヨーク地図ができるまで」となっておりニヤリとさせられるが、 今回の展示の白眉は、なんといっても最後に待ちかまえている三歩屋であろう。

三歩屋というのは、植草甚一氏が生前に構想していた古書店のこと。植草氏は膨大な蔵書を元に、下北沢に古書店「三歩屋」を開くことを構想していたのだという。結局実現することなく植草さんは亡くなってしまったのだが、今回の展示ではそんな幻の店を現実のものにしてしまったのだ。なお、三歩屋に置かれているのは、植草さんの著作で取り上げられている書籍やレコードである。

三歩屋の写真は自由に撮ってよいとのことなので、撮影してみた。

 

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植草さんが愛したミステリがいくつも。青い表紙はバリンジャーの『歯と爪』。

 

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三歩屋には植草氏の書斎も。「パリ・マッチ」などが置かれていた。机の上にはキャメルが。

 

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植草さんならば、もうちょっと積んだはずだろうが、なんとなく雰囲気は伝わってくる。

 

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ジャズのレコードも。目立つように置かれているのは、ミンガス『直立猿人』。『ぼくたちにはミンガスが必要なんだ』。

 

 

 なお、展示では他に、ニューヨーク滞在中の植草甚一氏の写真が強く印象に残った。氏のファッション、着こなしがヒップそのもので、そこに痺れてしまったのだ。

 

以下、今回のおみやげ。

 

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植草甚一訳のヴァン・ダイン『グレイシイ・アレン殺人事件』は今回の目玉(盛林堂ミステリアス文庫)。今回の展示でしか買えないそうだ。また、植草甚一展らしく、ライフのノートやスクラップブックも売られているのも微笑ましかった。

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