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岡崎京子展雑感

今日は、思い立って、昼に世田谷文学館まで岡崎京子展を観に行った。

以下、考えたことを簡単に。

 

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以前、外大漫研の先輩が「90年代のオタクにとっての“はしか”のようなもの」として「エヴァ」とCLAMPを挙げていたのだが、「90年代のサブカル少年にとっての“はしか”のようなもの」はおそらく「リバーズ・エッジ」とウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』である。そして、私は90年代の後半に確かに岡崎京子という存在に魅せられていた。強烈に病んでいた。私にとって、1994-96年は「リバーズ・エッジ」と「ヘルタースケルター」の季節だった。

 

岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ

岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ

 

 

岡崎京子展に併せて、平凡社さんから『戦場のガールズライフ』という書籍が出ることは知っていたので、私としては会場でその本を買うというのが主目的で、実際は展示そのものにはさして期待していなかった部分はある。だが、それは大きな間違いであった。結論からいえば、90年代のサブカル少年を一旦埋葬し、そして祝福するかのような展示であり、行ってよかったと今は心から思っている。

 

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なにせ、2階受付でかかっているのは、ピチカートの『女王陛下のピチカート・ファイヴ』に収録されている「衛星中継」*1だ。

 

女王陛下のピチカート・ファイヴ

女王陛下のピチカート・ファイヴ

 

 

そして、岡崎京子の年表が展示されているのだが、岡崎の人生と併記されているのは、当時のサブカル・シーンで何が起こったか、だ*2。『もののけ姫』『エヴァ』の名こそあれ、「けいおん」も「魔法少女まどか☆マギカ」の名前もない年表。WAVEの閉店とピチカートの解散が書かれている年表。川勝正幸吉本隆明の死去が記された年表。小泉今日子が髪を刈り上げたことと、「仮面ノリダー」の放映開始が記された年表。――そう、それはまさに90年代サブカル少年のための年表だった。その後もサブカル少年であり続けていた、渋谷~代官山に居続けた少年少女のための年表。「衛星中継」がかすかに聴こえる中で、年表を観ていた私は不覚にも泣いてしまった。

 


世田谷文学館 岡崎京子展 ─ 戦場のガールズ・ライフ

 

展示そのものは、岡崎京子の生原稿などが飾られているのだが、同時代のトーキョーで何が起こっていたのかがわかるような展示になっていて、そこに高い批評性があるように思えた。岡崎京子を通して見る80年代後半、90年代、さらにはその先が、そこには在った。

 

情報量に圧倒されたが、圧巻だったのは「リバーズ・エッジ」の展示。

ネタバレになるので詳細は控えたいが、同作の少年少女たちをあの頃に痛々しいほどリアルに感じられた人ならば、「リバーズ・エッジ」が展示されている空間に足を踏み込んだ時点で救済を感じるのではなかろうか。夜の川にとどまり続けた人であれば、なおさら。

そして、展示の最後にあった岡崎京子からのメッセージ。視覚操作型のコンピューターによって書かれたそのメッセージには感動的であったが、同時に、これからをサヴァイヴしていかなきゃなと鼓舞された。

 

さいごに

やはり、私は00年代も10年代も大嫌いなのだなと再確認させられた。
Maximum Joyも六本木WAVEもメトロポリタンにあったHMV池袋も、シスコも、HMV渋谷も、渋谷シアターNも、池袋のリブロもなくなっていき、サブカルがおしゃれサブカルなんて嘲笑される、そんな時代なんて!
スタジオボイス」も「米国音楽」も読めない今なんて!

*1:『女王陛下のピチカート・ファイヴ』に収録。ヴォーカルをとるのは田島貴男野宮真貴

*2:この年表は前述の『戦場のガールズライフ』にも掲載されている

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