今、もっとも、怖いもの見たさで続きが気になる物語――天祢涼『銀髪少女は音を視る』を読んで

天祢涼の10作目となる小説『銀髪少女は音を視る』(講談社タイガ)は、天祢のデビュー作である『キョウカンカク』、2作目『闇ツキチルドレン』(いずれも講談社ノベルス)以来となる、探偵・音宮美夜を主人公とするミステリだ。

 

銀髪少女は音を視る ニュクス事件ファイル (講談社タイガ)

銀髪少女は音を視る ニュクス事件ファイル (講談社タイガ)

 

 

銀髪の少女・音宮美夜は共感覚の持ち主である。共感覚というのは、「ひとつの感覚刺激から、複数の知覚が無意識に引き起こされる知覚現象」を指す。彼女の場合、音を視覚としても認識しており、たとえば他人の声を聞いただけで、殺意の有無を判別することができる。殺意を持った人間の声は、美夜には「赤い」ものとして認識されるからだ。

 

音宮美夜を探偵とするシリーズが本格ミステリとしてスリリングなのは、この設定ゆえである。美夜はその能力ゆえに、相手を知ることができる。手がかりがなくても。しかし、これはアンフェアだといわれても仕方がない。読者の知らないデータを探偵側は知ることができるのだから……。それでも本格を志向するからには、天祢はアンフェアだという非難をねじふせる必要がある。つまり、天祢は音宮美夜の設定ゆえに、自身に高いハードルを課してしまっているのである。はっきりいってマゾだ。

 

それでも天袮は毎回、意外な真相、読者を納得させるに足る真相を作品に用意してくる。今回の『銀髪少女は音を視る』などは、真相に至る手がかりは全て読者に開示されており、手がかりをドラマに潜ませるその手つきは巧妙というより他にない。美夜とワトソン役の道明寺一路とのかわいらしいやりとり、ドキドキするような展開もあって、どんどんページを読み進めてしまえるのだが、それこそが天祢の罠なのである。なにせ、天祢涼はクリスティの系譜にある作家なのだから。

 

ue-kaname.hateblo.jp

 

翻弄される道明寺一路の物語

今回の『銀髪少女は音を視る』と、『キョウカンカク』『闇ツキチルドレン』との時系列は天祢涼のブログによると明かされておらず、パラレル・ワールドである可能性すら天祢は示唆している。

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ゆえに、この作品は、前二作を読んでいない者でも十分に楽しめる。なにせパラレル・ワールドの可能性すらあるのだから(笑)。なお、私自身は、音宮美夜シリーズの仕切り直しとして、まっさらな気分で読んだ。

その上でこの作品を読んで思ったのは、天祢さんは「沙粧妙子-最後の事件-」をやりたかったのかなというものだった。

 

沙粧妙子-最後の事件-」は95年にフジテレビ系列で放映されたサスペンス・ドラマである。

 

 

同ドラマは、浅野温子演じる警部補・沙粧妙子を探偵役とするシリアル・キラー(連続殺人鬼)もの。沙粧は犯罪心理プロファイリングに精通しており、 犯罪に関するデータをもとに犯人のプロフィールを詳細に言い当ててしまう。推理して犯人像に迫るのではなく、プロファイリングを使って犯人を知るのである。*1

 

同ドラマは、沙粧妙子が異常犯罪者たち、そして自身の過去と向き合う内に、自らも崩れていく様がサスペンスの肝ではあるのだが、もうひとつドラマを盛り上げているのが柳葉敏郎演じる松岡優起夫の存在である。

 

沙粧は犯人を“知ってしまっている”わけだが、彼女はそこで得られたデータを松岡にきちんと開示しようとはしない。松岡はそれに憤りをおぼえることもあるが、暴走する沙粧についていく。ある状況では、松岡だけが真相が見えていないという状況すら生まれてしまう。

 

どうだろう。犯罪心理プロファイリングを共感覚に置き換えれば、音宮美夜と道明寺一路の関係に近いものにならないだろうか。
沙粧妙子」を現代風に――つまり、〈少女を守る少年の物語〉という味付けをくわえ、真犯人にサイバーミステリ的なガジェットを組み込むことで、『銀髪少女は音を視る』の物語の骨格は形成されていったのではないだろうか。私はそう読んだのだが、さて。

道明寺一路にとっては親のような存在であるキャラクターの携帯の着信音が、ロッド・スチュワートの「Lady Luck」――そう、「沙粧妙子-最後の事件-」のエンディング曲である――なのは、実はそのことをほのめかしていた……というのは穿った見方だろうか。

 

なお、もし『銀髪少女は音を視る』で仕切り直しがはかられた音宮美夜シリーズが、天祢版「沙粧妙子-最後の事件-」であるならば、「沙粧妙子」が翻弄される松岡の物語でもあったことから考えるに、今後は翻弄される道明寺一路の物語が描かれていくはずだ。それも、ぞくぞくするような。

 

今、もっとも、怖いもの見たさで続きが気になる物語が、ここに生まれた。そう断言してしまってもいいだろう。

*1:なお、本来の犯罪心理プロファイリングはあくまで統計学的なものでしかなく、「沙粧妙子-最後の事件-」ほどの精度ではない