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気球は飛べど、英雄は飛べず~一田和樹『原発サイバートラップ』を読んで

ミステリ

昨年の時点では、サイバーミステリは、そもそもそもがジャンルとしてはほとんど認知されてはいなかった。ゆえに、どういう作品がサイバーミステリに入るかを共有し、同時に変遷と時代との対応を見せることが必要だと考えた。『サイバーミステリ宣言!』にブックガイドをつけたのはそういう理由があったからだ。

 

サイバーミステリ宣言!

サイバーミステリ宣言!

 

 

ただ、ブックガイドの作品を選定した時点、すなわち2015年1月の時点では、歴史との対応まで考慮しようとすると、サイバーミステリを30冊選ぶこと自体が至難の業だった。このジャンルの代表的な書き手である一田・七瀬作品が多く入ったのはそういう理由があったからだ。作品がそもそも少なかったのだ。

 

だが、あの頃から今にかけて、サイバーミステリは明らかに増えている。円居挽キングレオの冒険』に収録された「赤影連盟」、深水黎一郎『倒叙の四季』もそう。そろそろ刊行される柳井政和さんの『裏切りのプログラム』もあらすじを読む限り、サイバーミステリに該当する作品のようだ。


アニメ「乱歩奇譚」はSNS時代だからこそ跋扈する怪人を描いていたし、「ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」はアカウント殺しを扱っていた。さらにいえば、現在放映中のドラマ「そして、誰もいなくなった」は電網殺人や“忘れられる権利”、サイバー空間におけるデータ同定問題といったテーマにも取り組んでいた。

 

そんな中で、まだ世に出てきていないものがあった。
それはサイバー軍需企業や、サイバー兵器といったものを正面から取り上げたミステリである。

 

サイバー軍需企業とは

サイバー軍需企業というのは、一田和樹による造語であり、一田による下記の記事に詳しい。

 


要するに、サイバー軍需企業というのは、「サイバー空間における国家規模の攻撃と防御に関連する商品やサービスを提供する」企業だ。「防御のためのアンチウイルスファイアウォールから始まり、攻撃用の脆弱性情報やマルウェア」「攻防両用できるボットネットなど」、彼らが提供するサービスは多岐にわたる。
航空分野で知られるロッキード社(現在はロッキード・マーティン社)も、サイバー軍需企業の最大手である。

 

サイバー軍需企業が成長し続けているのは、彼らがサイバー冷戦といわれる今日にあって、重要な役割を担っているからだ。
2010年にアメリカの国防総省が「サイバー空間を陸、海、空、宇宙空間に次ぐ第5の戦場」だと宣言したことは皆さんもご存知だろう。
昨年6月にも、サイバー空間で各国が攻防を繰り広げている事態が相次ぎ判明するというニュースが報じられた。中国やロシアが西側諸国のシステムに侵入していることが確認され、アメリカが反撃に乗り出したというのだ。
アメリカや中国やロシアだけでなく、エジプトやインドなどもサイバー兵器を運用した攻撃と防御を戦略として規定する中、サイバー軍需産業は彼らにサービスを提供することで拡大していったのである。

 

さて、日本では2020年に東京オリンピックが開催される。
同タイミングでサイバーテロの標的になるだろうと危惧されているにもかかわらず、日本ではサイバーテロやサイバー軍事への関心はそんなに高くない。
そういう状況で登場したのが、一田和樹の『原発サイバートラップ ~リアンクール・ランデブー』(原書房)である。

 

原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー

原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー

 

 

原発サイバートラップ』にある荒涼としたリアリティ

あらすじはこうだ。

 

日本海側に位置する韓国の原子力発電所サイバーテロリストによってハッキングされ、占拠されるという事件が発生する。彼らは100基のドローン気球を打ち上げる。放射性廃棄物をつり下げている気球を……。
リアンクール・オペレーションを名乗るテロリストは、韓国政府と日本政府に対して竹島の独立を要求する。竹島にネット国家を築くと宣言する。そして、要求が呑まれなかった場合、気球を爆破することも併せて宣言するのだった――。

 


日本・韓国両国に放射性廃棄物が降り注ぎ、甚大な被害がもたらされるという状況において、専守防衛という軍事戦略を採用する日本は当事者であるにもかかわらず動けない。身も蓋もないことをいえば、動こうとしても、サイバー軍事に関しては後進国である日本は対応しようがないのだ。役人たちの会議も空回りするだけ。3.11.の記憶も新しい日本は、刻一刻と変動する状況に翻弄されるだけなのである。

 

そんな中で、テロリストたちはソーシャル・メディア上で世論形成・世論操作を行うサイバー兵器を使用する。たとえば、twitterで〈トレンド〉として表示されたものが、もしも操作して〈トレンド〉になったものだとしたら。影響力のあるネット・ユーザーが、もしアカウントをハッキングされたら。……テロリストによる扇動に誤導され、日本と韓国でデモが相次いで起きる。

 

そう、この作品は、日本を主人公とする〈サイバー戦争もの〉ではない。日本を主人公とする〈災害もの〉、〈パニックもの〉なのである。

 日本という国がサイバー戦においては現状では何もできないことが徹底して描かれる一方で、サイバー軍事先進国やサイバー軍需企業は〈サイバー戦争もの〉の当事者として動く。日本は〈災害もの〉の登場人物として、彼らを傍観することしかできない。

エリートたちは会議で何かを決定することもできないし、許されない。英雄的な人物が現れて、事件をたちどころに解決するという物語もない。ご都合主義的な作戦でテロリストたちが打倒されるわけでもない。サイバー軍需企業による粛々としたオペレーションにより、事件は終息するのだ。ここにあるのは、荒涼としたリアリズムである。

 

気球は飛べど、英雄は飛べず

さて、『原発サイバートラップ』という作品の肝が、そのリアリズムゆえにもたらされる恐怖にあることは、なんとなくわかってもらえたと思う*1。帯にもあるように、この物語はサイバーサスペンスなのである。

 

だが、この作品は後半にその様相が変わる。
これほど大掛かりで、手間もかかる作戦を採用しておいて、要求が竹島の独立というのは、対価としてどうも見合っていない。では一体、テロリストたちの目的は何か?――ホワイダニットへと姿を変えるのである。

そして、この「ホワイ?」に対する解答が掲示されたときに気づくはずである。なぜ、この作品が〈サイバー戦争もの〉ではなく〈災害もの〉であったかを。

 

この物語は〈英雄がいないこと〉ことを〈リアル〉だとする物語ではない。そして、〈英雄ではない者たちが力を合わせて困難を打開する〉ことこそを〈リアル〉だとする物語でもない。
原発サイバートラップ』は、〈英雄が動けない〉ことを〈リアル〉だとし、〈英雄ではない者たちが力を合わせたところで、システムが阻む限りは何も変わらない〉ことこそを〈リアル〉だとする物語なのである。

*1:実際に、2010年にイランのブシェール原発のコンピューターシステムが、制御システムを乗っ取る可能性を有したマルウェアUSBメモリを介して感染したという事例はある