「ファー・アウェイ・アイズ」はまだ聴こえているか?

石田衣良『七つの試練 池袋ウェストゲートパークXIV』雑感

石田衣良さんの『七つの試練 池袋ウェストゲートパークXIV』を読了した。

表題作はサイバーミステリだった。

 

七つの試練 池袋ウエストゲートパークXIV

七つの試練 池袋ウエストゲートパークXIV

 

 

サイバーミステリとは

サイバーミステリというのは、 「サイバー空間を舞台にしたミステリ小説」として定義される。この「サイバー空間」というのは、コンピュータネットワーク上のことである。確かにこのままではまだ漠然としていてわかりづらい。そこで、総務省のHPにある「サイバー空間の在り方に関する国際議論の動向」というページを見てみよう。同ページには、以下のような記述がある。

インターネットは、その上で多様なサービスのサプライチェーンやコミュニティなどが形成され、いわば一つの新たな社会領域(「サイバー空間」)となっている。

この文言からもわかるように、サイバー空間とは携帯電話やパソコンを入り口とする世界中に張り巡らされたインターネット網やソーシャルメディア社会のことである。

つまり、「サイバー空間を舞台にしたミステリ小説」というのは「インターネット網やソーシャルメディア社会を舞台としたミステリ小説」のことである。

ミステリでは社会での犯罪が描かれる。であるならば、サイバーミステリで描かれるのは、インターネット網やソーシャルメディア社会で起こる犯罪になる。具体的にいえば、ハッキングや不正アクセスなどのサイバー攻撃、顧客情報の流出をはじめ、3Dプリンタを使った銃の作成、なりすまし、裏サイトなど、多岐に渡る。つまり、現代の我々がニュースなどでよく目にするようになった犯罪のことなのである。*1

サイバー空間は現代人にとっての日常とほぼイコールである。つまり、サイバーミステリとは、日常で起こりうる犯罪を扱ったミステリ小説のことだともいえる。

 

サイバーミステリ宣言!

サイバーミステリ宣言!

 

 

小説において、リアリティを極める方向でいくと物語の面白さが薄まる……みたいなことを言う向きがある。私はこれには賛同できない。リアリティを極めることと、物語の面白さを極めることは相反するものではないはずだ。そんな当たり前のことを思い出させてくれるのが、サイバーミステリだ。

 

「七つの試練」とは

では、ここで表題作のあらすじを文藝春秋のサイトから引用してみよう。

SNSで課題をクリアして「いいね」を獲得するゲームが若者に流行。次第にエスカレートする課題に「いいね」欲しさに挑み、ある者は大怪我を、ある者は命を落とすという事態に……。怪我した高校生の妹と共に卑劣なゲームの管理人をあぶりだそうとするマコトとタカシが仕掛けた大掛かりなトラップとは。

 
昨年ロシアで起きた「Blue Whale」事件に着想を得て書かれたものだろう。一田和樹さんの『キリストゲーム』のもう1つの可能性とでもいうべき作品だ。

 

キリストゲーム CIT内閣官房サイバーインテリジェンスチーム (講談社ノベルス)

キリストゲーム CIT内閣官房サイバーインテリジェンスチーム (講談社ノベルス)

 

 

ソフトウェアによって完全なる秘匿性を確保したゲームマスターに対して、真島誠とキングが罠を、ソーシャル・エンジニアリングを仕掛けるという展開が面白い(ゼロワンは早々と白旗を揚げている)。2人のアナログ人間SNS時代だからこその事件にどうやって対応するか、という点が読みどころだ。
 
本書には次のような一文がある。

ネットとコンピュータのない時代の優雅な探偵が急にうらやましくなった。踊る人形の絵文字だけで、おれも事件を解決してみたいものだ、そうだろミスター・シャーロック。

サイバーミステリの時代では、不可能犯罪を推理で優雅に解決する名探偵なんてナードでフェイクでしかない。真島誠はどこまでも正しい。
 

「いいね」で心の渇きを癒す人たち。「いいね」さえ得られればなんでもやるという人たち――そんな人たちが糸が切れた凧みたいに漂っているのが今である。「七つの試練」はSNSの時代だからこそ書かれたミステリだ。

サイバーミステリは技術にだけ拠るものではない。技術に対応してしまった人間たちの精神性にも拠るものなのである。

 

さいごに

ストラングラー事件再び!といった趣の「鏡のむこうのストラングラー」、オカルトめいた話に真島が取り込まれていく「幽霊ペントハウス」など、表題作意外も面白いですぜ。

*1:なお、アメリカはサイバー空間を「第5の戦場」だと捉えており、「サイバー攻撃は戦争行為である」とみなしている。詳しくはこちらを参照のこと。