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〈狂人の論理〉なんて、クソ食らえ~新野剛志『ヘブン』を読んで

関東連合をモデルにしたことで話題を呼んだ新野剛志『キングダム』(幻冬舎)から3年。続編『ヘブン』(幻冬舎)が発売された。

 

ヘブン

ヘブン

 

 

暴走族のOBたちが結集した半グレのグループ「武蔵野連合」。通称ムサシ。いわゆる暴対法などの影響で、暴力団が失速する中、入れ替わるように2000年代東京の裏社会に台頭したのが彼らだった。

しかし、彼らは多摩川の河川敷で暴走族と乱闘事件を起こしてしまい、結果的に組織としてはほぼ壊滅してしまう。武蔵野連合のナンバー2で、カリスマ的存在である真嶋は国外に逃亡するのだった。

本作は前作から4年後の物語。タイから戻ってきた真嶋が日本の覚せい剤ビジネスをかき回す様が描かれる。暴力団への復讐のため、東京の覚せい剤ビジネスを彼らから奪い取ってしまおうと、真嶋は動く――。

 

『ヘブン』の魅力とは

暴力団と組んで覚せい剤ビジネスに食い込んでいる、武蔵野連合の元リーダー。

芸能事務所の社長。

真嶋への復讐を誓う女。

元警察でヤク中の探偵。

タイのギャング。

そして、狂っていることを自覚して肯定して、狂い続ける真嶋。

本作は、狂った奴らが次々に出てくる。幻覚を見る者もいれば、復讐を誓った男の前に立つだけで股を愛液で濡らす者もいる。彼らは行き当たりばったりにギリギリのところで跳ね回る。そして、破滅に向かっていく――そんな小説だ。

怒涛の展開ということで言えば、間違いなく本年度ナンバー1の傑作である。

 

〈狂人の論理〉なんて、クソ食らえ

ミステリ、特に推理と論理を重んじる本格ミステリというジャンルには、〈狂人の論理〉を重要視した作品がいくつかある。

「狂人のこの突拍子もない行動も、名探偵の推理を通して見ればほらこのとーり、ちゃんと彼らなりに筋道立ったことをしていたのですよ」というやつだ。

名探偵の推理であれば、妄想も狂気も論理的に説明できるというのが彼らの言い分だ。

 

本作『ヘブン』は、そういう陰キャの言い訳のような小説ではない。そんなヤワなものではない。

頭のネジが外れた奴らがいる。そいつらは、ぶっとんだことを何かに急き立てられるようにやり続けている。狂っていない(と思い込んでいる)我々読者には彼らの行動原理なんて理解できない。でも、それでいいのだ。狂気は理解できないものとして受け止め、狂気が発散する強烈な色気に酔う。そして、狂った奴らの無軌道な行動の連鎖によって生まれる物語の行末を見守る。元来、パーティーとはそういうもの。パーリーピーポーとしてパーティーの乱痴気騒ぎを楽しもうぜ――本書はそういう小説だ。妄執を妄執として、狂気を狂気として、楽しんでしまおうという小説なのだ。

 

『ヘブン』とは愚か者どもが演じる『神々の黄昏』である

新野剛志『ヘブン』は美しい小説だ。

狂っている神々の神話である――というのはラストまで読めばわかるはずだ。安易な救済なんてここにはない。なにせ神々の迎える結末なのだから。いわば、ジークフリートブリュンヒルデの物語。愚か者どもの『神々の黄昏』が『ヘブン』である。必読でっせ。